新城小中学校クラス会(昭和31年小学、昭和34年中学卒業)

私たちのクラス会は、平成16年に還暦を記念して、東京で開催しました。

それを境にして、2年ごとに、開催地を旭川、(芦別)、札幌、東京に変えて実施することに致しました。
平成28年度は、旭川と芦別(新城)の合同開催となりました。

歳を重ねるごとに、集まることに困難を来すような状況が迫りつつあります。
そんな懸念から、次回からは、集まることのみを目的に、一泊程度で毎年開催することを申し合わせました。

平成29年(2017年)の札幌担当幹事は、その申し合わせを受け、昨年に引き続きの実施を計画されました。
会場は、三笠市の天然温泉「太古の湯」でした。

以下は、開催の記録です。
ファイ名をクリックするとPDFファイルが開きます。

平成20年は、開催地の都合で開催できませんでした。

延壽山妙法寺の法燈継承式

6月4日(日)法燈継承式が妙法寺本堂、法燈継承祝賀会が旭川グランドホテルで開催されました。
無信心な身には聞き慣れない言葉でしたが、要は、住職が交替する儀式と新住職の就任式のようなものであった。

妙法寺は日蓮宗。源流は明治30年に開設された「日蓮宗説教所」と言う。
私の実家は浄土真宗だが、義母が他界(昨年3月)したあと、お墓をお守りするため檀家入りした。

義父が3代続けて総代を務めていたこともあり、お世話にもなっていた。
継承式の案内が届いたので、どのようなものか興味もあり、参加した。

不明用語が多く、式次第、祝賀次第を掲載してみた。
掲載の許しは頂いていないが、次第の様子も掲載した。

なお、予定されていた入山の行列は雨天のため、中止されたようである。


法燈継承式
式次第

    第一鐘 十二時二十分 警  装
    第二鐘 十二時五十分 漉水散華
初、初  楽         師衆昇堂
次、開式の辞
次、道 場 偈
次、三 宝 礼
次、勧  請
次、開 経 偈
次、読  経         如来壽量品
次、中  楽
次、辞令伝達
次、法燈継承
次、奉 告 文          新 住 職
次、中  楽
次、読  経         如来神力品
次、祖  訓      生死一大事血脈鈔
次、唱  題
次、宝 塔 偈
次、回  向
次、四弘誓願
次、奉  送
次、祝  辞
次、祝電披露
次、記念品授与
次、謝  辞
次、閉式の辞
結、還  楽          師衆退堂
以上
歴代廟参拝
記 念 撮 影

 


法燈継承祝賀会次第

清     興   謡曲  宝生流「高砂」
開     会
祝     辞
清     興   御祝儀舞「七福神」
            花柳流徳彌生会 会主
鏡  開  き
乾     杯
清     興  「編曲八千代獅子」
            都山流尺八楽・生田流箏曲宮城社尚美会
謝     辞
万 歳 三 唱
閉     会

 


 

三原邸の桜 ~2017~

5月10日(水)空港に行く機会があり、30分ほど早めに家を出て、足を運んでみた。
市内の桜は満開を過ぎているだろうが、ここの桜は市内より4、5日は遅れと聞いていた。

ちょうど見頃を迎えていたが、それほど知られていないのか、見物客は2、3組(10数名?)ほどである。
今年は、四街道(千葉県)と先日の神楽岡公園に続く、三度目の桜である。

桜の名所と言われるところは、人混みも激しく、落ち着いて見ることができない。
駐車スペースが十分とは言えないが、混雑がないため、庭園のそばまで車が寄せられるのもよい。

何度かお伺いしているが、満開のチャンスに恵まれたのは二度目である。
数年前に植栽されていた桜も相当大きくなり、数年後は更に楽しめそうに思えた。


画像をクリックすると拡大します。

神楽岡公園の桜~2017~

5月5日(金)に旭川の桜が満開を迎えたとされる。
5月7日(日)小粒の雨がぱらつく中、見頃ではないかと足を運んでみた。

気温は12~3度ほどであろうか、肌寒さを感じさせる。
訪れる人もそれほど多くはない。花を愛でるよりは、花より団子といった感じ。

ソメイヨシノに見慣れた私には、エゾ山桜にはいつも物足りなさを覚える。
キタキツネに出会ったが、心なしか、弱々しかった。

水芭蕉も盛りは過ぎたか。
感動することもなく、短時間で引き上げてきた。


 

古希の祝い?

4月8日(土)5家族9人がT家に集まった。
今年は、このうち、この日が誕生日を含め、3人が古希という。

T氏の取り寄せた新鮮牡蛎や手料理など、各人が持ち寄った飲み物・食べ物などで豪勢な集いとなった。
おまけに、送り迎え、すっかり酩酊して帰ってきた。


 

クエなどのお刺身 カラスミなど 手料理など 
     

千代田団地の桜~2017~

4月5日千代田団地の桜の開花状況を見てきた。
東京千鳥ヶ淵の桜が連日放映されており、ようやく満開を迎えたようである。

調整池のこぶし 2017.04.05

千代田団地の桜は、まだその気配がない。三分か四分咲きと言ったところか。
翌日の6日の午後に旭川に戻ったが、ここ2、3日の陽気で開花は一気に進み、1日で5、6分になっていた。

今年は、2度の桜が見られるかと楽しみにしていたのに期待外れに終わった。
旭川の積雪はゼロになっており、日陰のヵ所を残し、家の周りの残雪はすっかり無くなっていた。


調整池~池花公園~自治会館

     
     
     
     
     

Y氏を送る会

Y氏 2017.03.29

去る3月29日NTTデータでお世話になったY氏が定年を迎えられ、当時の関係者で送る会が開催されました。
案内を頂き、私の上京に合わせて皆さんの日程も調整されたようで、20名ほどが集まった。

Y氏は、生鮮食料品流通情報データ通信システム(FAINS)の発足から最期を見届けるまで、システムの変遷と共にされといっても過言ではない。
関わりのあった人も数多く、私も、2度の更改に関わらせていただいた。

会場は、新橋駅から歩いて5分ほどのところにある「炉端・海鮮しゃぶしゃぶ 能登輪島」だが、辿り着くのに苦労した。
10年振りの再会で、本当に懐かしく、あっという間に刻が経ってしまい、折角の機会なのに、何人かとはお話ができなかった。


 

     
     
     

元旦 初詣 ~2017~

初詣 2017.01.01

初詣 2017.01.01

恒例となった初詣、旭川に来てから11度目です。
31日未明に降った新雪むが、30㎝ほども積もっていた。

この雪は予想していなかったが、思い切って、屋根の雪下ろしと雪掻きを実施した。
5~6時間を要したので、体力が限界に近かった。

それでも、年越しそばを食べ、紅白を見たりして何とか気力を取り戻し、夜の11:20頃に家を出、歩いて30分ほどで上川神社に到着した。
曇り空で、比較的気温も高い(マイナス4~5℃)状況と思えたが、参拝客の数は例年より少ないと感じた。

待つこと、15分ほどで拝殿の前に進むことができた。
例年、願い事はない、ただ何となく柏手を打って、頭を下げてくるだけである。

境内の帰り道は坂道(脇道:普段の車道)で、足を掬われないように恐る恐る下る。
新神楽橋の側道で、市内の夜景を眺めながら、来た道を返す。

家に着いたのは、1時頃であったが、小休止をしてから就寝。
年明けの朝は7時頃に起床。曇り空。陽射しを期待したが、1日中顔を見せることは亡かった。

穏やかな年明けであったが、ブル(除雪車)で寄せられた雪を流雪溝に落とし込む作業を行った。
車道に寄せられた雪なので、そのままにしていても問題はないのだが、どうしても気になるので。


 

屋根雪 2016.12.31

屋根雪 2016.12.31

雪下ろし(作業中)

雪下ろし(作業中)

雪下ろし後

雪下ろし後

コーチャンフォー

コーチャンフォー

記帳(参拝者)

記帳(参拝者)

上川神社本殿

上川神社本殿

市内夜景

市内夜景

2条通り(自宅前から)

2条通り(自宅前から)

寄せられた雪

寄せられた雪

 

1年回顧

平成18年(2006年)以降、その年々の1年を振り返って、主なできごとを記録しました。

回顧年次リスト

以下の年次をクリックすると、その年の記録にジャンプします。
平成26年(2014年)以降は別ファイルが開きます。


平成25年(2013年)

ブログの不具合で、この1年を振り返っての記事は、見合わせていました。
因みに、この年を表す漢字は、「輪」でした。

東京オリンピック開催の決定、災害などの支援の輪が広がったことなどがその理由とのことです。
改めて、私にとっての想い出を10件拾い上げました。

1. ブログの不具合

原因は良くわかりません。共用サーバーのメンテナンスがあってから4つのブログのうち、2つのトップページが表示されなくなりました。
バージョンアップは2度行われたのですが、最初は、旧バージョンに戻すことで解決しました。しかし、2度目は、何としても解決しません。

何度か、プロバイダーに照会しても、マニュアル通りの回答であったり、お金が掛かりそうな回答しか戻って来ません。
解決のないまま、半年が経過し、アクセスいただいている皆さんにご迷惑をお掛けしています。申し訳ありません!

2. 2度の車の補修

1度目は、4月29日の深夜2時頃、強い衝撃音で飛び起こされた。
自宅近くの交差点の車同士の衝突事故で、片方の車が駐車中の私の車に当たり、勢い余ってフェンスを押し倒し、進入していた。

幸い、人身事故には至らず、家の被害もなかったが、私の車がクッションとなって衝撃を和らげてくれたのと、木造フェンスも壊れかけていて、簡単に倒れたことが救いであったのかと思われる。
ここの交差点は、良く事故のある交差点で、年に数回、1ヶ月後にもありました。

自宅に飛び込んだのも今回が3度目、今の家を建てて10年ほどですが、2度目で、前回は自宅の壁にも被害を被りました。
今回は、車の補修とフェンスの補修を行いましたが、フェンスは、壊れかけていたこともあり、全面張り替えることにしました。

2度目は、私の確認不注意での接触事故。7月27日(土)後続車を確認していたつもりが、視界に入らなかったので、ターンしようとして右にハンドルを切って起こしました。
幸い、人身事故は免れましたが、保険適用で3等級ダウンとなりました。

3. パソコンの更新

パソコンも何代目になるのだろうか? デル社製のデスクトップからNEC社製のデスクトップに切り替えました。
デル社製は、旭川へ転居時に購入したもので、四街道(数年前から電源が入らない)に続き2代目ですが、ともにCDドライブが不具合になり外付けを利用していました。

2台目も重たくなり、さすがに、起動に30分も要するのは限界と考え、2台目は四街道に送り、NEC社製の購入を決意しました。
環境設定、インストール、データ移行に手間取りながらも、息子の力を借りて、更新作業を終えました。 立ち上げは、見違えるほど早くなりました。

4. 町内会役員からの解放

2条15丁目町内会は30戸ほどの正会員で構成されていますが、町内には、正会員の他に、30戸ほどの賛助会員と20戸ほどのそれ以外の住人がいます。
3班に分かれ、役員は3役(会長、副会長、幹事長)の外、班幹事(3名)、専門部幹事(2~3名)で任期は2年です。

町内会の加入率の問題を抱える中、主な活動内容が親睦と慶弔ですが、慶弔はセレモニーホールなどの利用に移行し、親睦も高齢化が進み、思うに任せなくなりつつあるなど町内会のありようにも変化が必要になってきました。
こうした課題を抱えながらですが、旭川転居翌年から、幹事長、副会長、会長を務めさせていただきましたが、ようやく、次期総会(新年1月19日)でお役ご免となります。

5. 住宅土地調査の協力

統計調査員をお受けして2年目、「住宅・土地統計調査」が実施されました。
本調査は10月1日でしたが、調査母集団となる「単位区設定調査」が2月1日時点で行われました。

雪の中、居住している場合はともかく、空き家となったマンション、居住の有無が不明な住宅などを隈無く当たる作業は、地理が不案内で、訪ねる術も持たない身には大変でした。
こうした現地確認は、雪のないときに実施すべきと痛感しました。 本調査は、対象が明確なので、調査客体にお会いできるか否かが決め手になり、1度で済むところ、何度言ってもお会いできないところがあります。

6. 全道フットパスの集い報告集の編集、あさひかわサケの会への参加

市民活動は、前年と殆ど変わりありません。
旭川での全道フットパスの集いは、昨年実施されたイベントですが、その報告書作成に関わり、2月に発刊いたしました。

集いの内容は、昨年のブログ「第16回全道フットパスの集い in あさひかわ」の記録で紹介しました。
報告書は、容量が重たく、分割しても転送できないため、掲載を見送りました。 また、6月にこれまでの「サケサポーターの会」を解散し、新たに「あさひかわサケの会」が発足しました。

これまでも、何となく会員でしたが、正式に会員として登録しました。

7. 市長との対話集会に参加

4月23日(火) 市内NPO団体,市民活動団体と「まちづくり基本条例」をテーマに実施されました。
まちづくり呼びかけ隊として代表と2人で参加しました。 発言メモを用意して望みましたが、思うように意見を述べることはできませ火でした。

参加者は、15名ほどでしたが、資料の説明を含めて1時間というのは、殆ど対話にはならないというのが実感です。

8. 町内のSさん逝去

旭川に転居以来、庁内のSさんにはいろいろとお世話になってきました。
町内会の活動を始め、お花見、紅葉狩りなどの案内もすべてSさんが計画を立て、私の弁当も用意して連れ回っていただきました。

1月に体調を崩され、入院。手術をあきらめ、自力で病と闘うと入退院を繰り返していましたが、半年ほどで他界されました。82歳でした。
何事の相談もできなくなったこと、恒例にしていた春・秋の行楽も望めなくなったことなど、悲しい限りです。 ご冥福をお祈りする限りです。

9. 姪の結婚

私には、3人の甥と7人の姪がいます。
その中の一人の姪が、9月8日(日)に札幌で結婚式を挙げました。

乾杯のスピーチを頼まれ、乾杯の音頭をとらせていただきました。

10. 車の高齢者講習(免許証の更新)

いよいよ高齢者の仲間入り。10月8日(水)に高齢者講習を受けましたが、これが義務づけられていると知り、実感させられました。
12月4日(火)に免許証の更新(3年前の速度違反で3年後更新)を行いましたが、ゴールド免許に復帰しました。

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2012年を振り返って

今年一年の世相を表す漢字一文字は「金」。「金」が選ばれるのは、2度目とのこと。やはりオリンピック年(2000年)という。
「金」に続く2位以下の漢字は「輪」、「島」、「領」、「乱」でした。

世相をプラス思考で捉えよえとする傾向が、昨年の「絆」などからも伺えます。
その点「島」、「領」、「乱」は、実感として、自分では律しきれないもどかしさが感じ取れます。

さて、昨年は、「波乱の年明けを予感させる年末」と書きましたが、不幸にもその通りの年となりました。
新政権に変わった今、私には、歯止めの効かない金融・財政政策で、景気回復はおろか、「デフレ脱却を通り越し、超インフレを予感させる年末」と映ります。

四街道の梅 2012.03.17

四街道の梅 2012.03.17

我が身にとってのこの1年は、行動パターンがほぼ固定、活動の範囲が年々狭まってきました。
四街道には3度行って来た以外は、お花見、もみじ狩りもありませんでした。

何と言っても、「桜の開花日と満開日が同日」、「最も遅い真夏日」、「初雪がそのまま根雪」など気象が異常な年でした。
改めて、この1年を振り返ると、このようなことがありました。

1. 気象の異常年?

雪下ろし 2012.12.28

雪下ろし 2012.12.28

身近には雪掻きの多さです。
年明けから春先まで24回、この冬に入ってからも16回の出動となりました。

昨季は、降雪量は平年よりも少ないにもかかわらず、気温が低いために融雪が進まなかったようです。
屋根の雪下ろしも数年ぶりです。作業中の事故多発が報道されるなど、自分で行うのは差し止め、業者に頼むことになりました。

旭川の今年の桜の開花日(満開日と同日)は5月2日(水)、最も遅い真夏日となった日は9月18日(火)、観測史上最も遅くなった初雪の日(そのまま根雪になった日と同日)は11月18日(日)です。 今年は、最高気温、最低気温共に平年より高く、9月の最高気温(極値)も32.9℃と記録を更新したとのことです。

この気象の影響は、ブログに掲載していた「サンプル農場2012」の更新タイミングを狂わせ、馬鈴薯の開花期、収穫期に間に合いませんでした。
年末の30日に雨が降り出し、31日午後当たりから、吹雪き始めました。

この1年を象徴するような空模様となりました。

2. ブログ記事の更新

完全に停滞、マンネリ化の傾向を示しました。
商店街のお店紹介」は一社が変更になった以外は、変化がなく、情報の定期更新(週1回)も、4~5社に留まっています。

知新小、北都中の学校だよりは、両教頭先生のご厚意で継続させていただいております。
サンプルファーム」は4~5回の更新、「芦別市芸術文化交流館(アトリエ紹介)」は全展示作品の紹介を行いました。

「まちづくり呼びかけ隊」、「旭川フットパス愛好会”歩穂”」の記事も更新しました。
その外、”氷彫刻世界大会」の作品を中心に、旭川冬まつりの記事を掲載しました。

3. まちづくり呼びかけ隊の活動

まちづくり呼びかけ隊は、会則を変更しましたが、会則に沿った活動はできていません。
昨年度3月にDMVの導入をテーマに「市民意見交流会」を実施して以降、対外的なイベントを実施していません。

実働部隊が手薄ということもありますが、目的とする成果が曖昧なのが大きな理由かと思われます。
会員は、10数名ですが、新規加入の一方で、退会者が同程度あります。

会(名称)に期待して入会しても、残念ながら、それに応え切れていないのが実態です。
イベントがないため、機関誌の発行も見合わせています。

現在は、月1回の定例会、定例会後の見学会や昼食会などを実施しております。
見学会は「いきもの愛園((株)愛恵育場)」(6月)、「芦別市芸術文化交流館」(7月)、「ファンファンの試乗」(9月)、「就実の丘とツインハープ橋下のサケの遡上の観察」(10月)を行いました。

4. 第16回 全道フットパスの集い in 旭川 ~旭川フットパス愛好会”歩穂”の活動~

10月13日(土)、14日(日)の両日に開催されました。
実行委員会には名を連ねましたが、簡単なお手伝いと思い参加しましたが、事務局会議や他の打ち合わせなど頻繁に呼び出しを受けることになり、事務局メンバーを除くと、最も多くの打ち合わせに参加した一人ではないかと思います。

現在も、「報告集」の取りまとめ作業を進めており、その編集メンバーに駆り出され、お手伝いをしております。
2月末までには完成の予定です。

なお、私が関わった大会の様子は、準備段階を含めて「第16回全道フットパスの集い in あさひかわの記録」に掲載しました。

5. 町内会の活動

町内会は例年変わるところがありません。
総会・新年会と野遊会が主な行事です。

旭川に越してきて6年目ですが、町内会長の役が回ってきました。
任期は2年です。

マンションなどが新設され、地域内居住戸数は100世帯近くありますが、町内会への加入は27世帯です。
若返りがなく、年々高齢化が進行しており、老老介護、老人二人世帯、独居老人世帯へと我が身に迫る切実な問題となってきましたが、こうした時世に町内会がどのような役割を果たし得るかが課題です。

6. 統計調査員の委嘱

これまで、調査の協力を要請する立場にあったことから、自らに協力要請があれば、快く引き受けるよう心がけてきましたので、今回、市から統計調査員として協力するよう要請がありましても引き受けることにしました。
先の国勢調査に協力したのが切っ掛けのようですが、早速、来年10月1日の住宅調査のための単位区設定の作業が下りてきました。

年内作業はできず、年明け早々の仕事になりそうです。

7. 大学同期会

2年に1度、10月の第一日曜日と確定している同期会。
会場も決まっているが、今年は工事中で使用不可とあって、アルカディア市ヶ谷(私学開館:千代田区九段北4丁目2-25)で開催されました。

参加したのは、男性6名、女性8名の14名。私は、前回、前々回と欠席しているので、6年ぶりの再会となりました。
今回は、2年前から、最優先で日程を開けて臨みました。

大学同期会

同期会の様子(1)

同期会の様子(1)

同期会の様子(2)

同期会の様子(2)

同期会の様子(3)

同期会の様子(3)

集合写真

集合写真

2次会(1)

2次会(1)

2次会(2)

2次会(2)

 

8. 小中学校クラス会

小中学校のクラス会も2年に1度開催。
今年は、平成24年10月21日(日)~23日(火)の札幌開催で18名の参加。年々参加者が少なくなっていく年齢になってきたが参加者は皆元気である。

東京、旭川、新城(芦別)の順に回り開催しており、次回は東京開催の予定だが、皆健康でいて、再会を期待して散会しました。

9. 個人の記録

記録といってもそれほど珍しくもないことだが、結婚生活40年。
改めて、記念をするまでもありませんでした。

また、日記を書き続けて50年。高校を卒業した年から続けており、日記帳もかなりの冊数になりました。
今は、高橋書店の3年(横線)当用新日記を使用しています。

10. その他

 

実家の今-2012.06.10

(1) 実家の今

(2) 実家の今

(3) 実家の今

虹-2012.10.24 実家からの帰路(増田橋付近)

(1) 虹

(2) 虹

(3) 虹

自宅前の冬景色
(1)-2012.11.28 (1)-2012.11.28 (2)-2012.11.28 (2)-2012.11.28 (3)-2012.12.31 (3)-2012.12.31

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2011年を振り返って

今年の漢字は「絆」。
「絆」に続く2位以下の漢字にも、「災」、「震」、「波」など震災関連の文字が続きました。

訪問客(1) 2011

訪問客(1) 2011

昨年の暮れから始まったタイガーマスク運動、新年早々に噴火した新燃岳。
震災を境に、情報が完全に途絶えてしまいました。

目に見えない恐怖・不安に怯える1年。
情報が意図的に隠されているのではとの不審の念を抱かせる1年でした。

物事が「未曾有」、「想定外」で片付けられることが、まかり通る?1年でもありました。
「マニフェスト」神話。守らずとも良いものでは無いが、必ずしも守らなければならないものでもない(状況が変化すれば当然見直しが必要)。

でも、どうして。疑問符の付く1年でした。
唐突感の拭えないTPP、米牛肉輸入緩和問題、原子炉終息宣言、消費税引き上げ、沖縄普天間評価書問題など、波乱の年明けを予感させる年末になりました。

旭川生活6年目となり、毎日が同じことの繰り返しで、思考停止状態が続き、曜日感覚、時間感覚も薄れてきています。
地域活動も、たいしたことができないと自覚し、ブログの継続と1、2の団体所属に止まり、範囲が定着の感があります。

母の入退院が重なり、今は自宅介護。
揃って家を空けることができず、私の単独行動。四街道には年に2、3度行き、庭の草むしりをするのが年中行事です。

帯状疱疹で、今年も薬の世話になりましたが、元気でいられることが何より。
国内外で多くの災害に見舞われましたが、災害のない旭川のまちは恵まれています。

改めてこの1年を振り返ると、このようなことがありました。

訪問客(2) 2011

訪問客(2) 2011

1. 母の入退院

母(要介護度4)が体調を崩すのは、決まって6月。
今年も6月中頃に始まり、2度の救急車のお世話となり、4度の入退院となりました。

食が喉を通らず(嚥下障害)、一時は、点滴のみ。
このままでは、胃瘻も止む無しというところまでになりました。

それでも、病気ではないとのことで、病院には長く置いて貰うことができずに、止む無く、自宅で状況を見守ることにして、9月に退院しました。
退院後は、週1回、主治医の往診と訪問看護のリハビリを受けながら、今日に至っており、口にできるものは限られていますが、食の方が徐々に回復しています。

入院前には、週3回行っていたデーサービスですが、今は困難となり、完全に家に籠もった状態となりました。

2. 家族の帯状疱疹

帯状疱疹の原因は、疲労とかストレスにあるようですが、その自覚がないままに、罹ってしまった。
それも、私に続き家内が、そして母と全員が患りました。

私の場合、日中は、それほど感じませんが、夜中に息苦しくなり、寝返りを打っても痛みが残り目が覚める状況が2、3日続きました。
そのうち、身体に発疹が出てきたので、もしかしてと思い、病院に行って診察を受けると、案の定。

最近は、良い薬があるとのことで、その薬で普段と変わらない生活ができました。
家内と母の症状は、私よりは軽かったようです。

3. いろんな不具合

年のせいか、病院へ行くほどではないが、指や足、膝などに違和感を覚えることが多くなってきた。
恐らく、乳酸値が高くなっているのだろう。旭川に来て以来、検査を受けたことがない。

身の回りのものにも、いろいろと不具合が生じてきている。
その一つがカメラ。これは、不具合と言うより、不注意。魚道を見学に行き、我が身共々川に転倒。

水に浸かったカメラは修理不能、結局買う羽目に。
ただ、カメラの最近の調子が良くないのは事実。

原因不明だが、暗いところと寒いところではシャッターが下りないことがある。
今は、一眼レフデジカメとコンパクトデジカメの2台を持ち歩いている。

不具合の2つめは、パソコン。ノートパソコンが、ウィンドウズが起動しなくなり、四街道のパソコンの電源が入らなくなっている。
ノートパソコンは、買い換えか? 四街道のパソコンは、機会を見て修理に。

不具合のその3は、ポットと炊飯器で、いずれも使用不能となり、買い換えました。

4. ブログのこと

旭川に来て1、2年の間は、イベントを追い回していましたが、今は、ブログの内容には大きな変化がなくなってしまいました。
銀座商店街のお店紹介は、休まず更新(原則として、毎週月曜日。月曜日が祭事の場合は、その翌日)ができました。

その外は学校だよりです。
昨年は、「まちづくり呼びかけ隊」のブログを立ち上げましたが、今年は「フットパス愛好会」のブログを立ち上げました。

来年10月に全道フットパス大会が予定されています。
それを見越しての立ち上げです。

訪問客(3) 2011

訪問客(3) 2011

5. 地域活動(町内会)

この町の町内会は、30戸ほどで構成されています。
マンション、アパートがあり、80世帯ほどが居住していますが、その中の30世帯ほどが賛助会員となっています。

賛助会員は、町内会活動に参加はされませんが、ゴミステーションの管理費として月100円(年間1200円)を納めていただいています。
町内会のイベントとしては、新年会と野遊会ですが、これらに参加されるのは会員の半数程度で、構成員の年齢が毎年1歳ずつ増していきます。

高齢化で、世話人が少なくなる中、任期2年の役員の改選も大変です。
今回、その改選期に当たり、来期は、町内会長を引き受けざるを得なくなりました。

6. 地域活動(まちづくり呼びかけ隊)

昨年までの会員のうち3分の1が退会し、今は、12名ほどの会員で活動している。
退会の理由は、定かではない。退会届を出す出もなく、一人、二人と参加が途絶えてきた。

新会員は3名ほどで、今後、会の核となって活動されることを願っている。
会の活動は、ブログで紹介しているが、毎月の定例会の外、旭川の魅力再発見ツアーや旭川の人材の紹介展、市民との意見交流会などで、年4回の機関誌”素敵なまちづくり”も発行している。

7. 旭川フットパス愛好会のこと

会の活動には積極的に参加し、その都度ブログに掲載をしてきましたが、11月に新たにブログを起こしました。
来年10月に予定されている「第16回全道フットパスの集い in あさひかわ」の運営をお手伝いすることになったことが、その理由です。

これからの計画などについては、逐次、ブログに掲載していきます。

訪問客(4) 2011

訪問客(4) 2011

8. 街路の花壇のこと

我が家の庭は石ころが多く、野菜づくりや花壇づくりには狭すぎた。
また、南側に面した歩道の植え込みが20メートルほどある。

1、2年で石ころを取り除き、狭いながらも花が植えられる形にした。
始めのころは、花フェスタなどで安い苗を買ってきて植えていたが、昨年から自分で苗を育てようと、挑戦しているが成功に至っていない。

マリーゴールドやサルビア、コスモスなどそれほど難しい種ではないと思うのだが、順調に芽が出てしばらくは成長するのだが、しばらくするうちにしおれて、仕舞いにには枯れてしまう。
水遣りが原因だろうか?。

何度か播き変えみるが、いつも同じ。最終的には、苗を買うことになる。
来年も挑戦してみるが、今年は、チューリップの球根を植え付けたので、春にはその花が楽しめそうだ。

9. 四街道のこと

四街道には自宅を残してきている。
息子がひとり住んでいるのだが、家周りのことは余りしない。

それで、春と秋は、周りの草むしりに行くのが恒例となっている。
日程は、いずれも1週間ほど、草むしりは、ほぼ1日を要する。

家は角地にあり、東面と南面が道路と接しており、山茶花の垣根で囲っている。
始めのころは、花を楽しませてくれていたが、昨今は、ちらほらで、咲いているのに気付かずにいることの方が多い。

それが理由というわけではないが、今年は、春と秋の2回に分けて、大幅な刈り込みを行った。
今年は、ヤマモミジが枯れていた。芙蓉と紫陽花は伸びるのが早い。

剪定した枝は、週3回の可燃ゴミの日に無償で回収してもらえる。
小分けして出さなければならないが、どうしても、まとめて出すことが多く、迷惑を掛けている。

10. 雪掻きのこと

旭川は住みよい街である。
多くの人がそう感じていても、「雪があるからねー」と言うのがまた、現実です。

我が家は2条通りに面しており「流雪溝」(市内の主要通りに整備)があり、そこに投げ込めば済むが、その整備がされていないところは大変である。
投雪の集中(閉塞)を避けるため、投雪の時間帯(投雪の出来ない時間帯)が決められており、我が町内は朝8時から10時までの時間帯は投雪できない。

今年は、積雪の日が多い。投雪の実績を記録するよう記録用紙が配られた。
回数を確認しようとしたが、既に回収されており、正確な日数は分からないが11月は2回、12月は20回以上はあったと思う。

我が家の場合、投雪は、短くて1時間、長くて2時間半、平均で1時間半ほど。それだけに多くの時間を要している。
時々は、家内も手伝うが、殆どは、私ひとりが多い。

投雪開始は、6時半頃。
終わらなければ8時過ぎても投げ続けている。


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2010年を振り返って~私にとっての10大ニュース~

今年の1字漢字は「暑」。流行語大賞は「ゲゲゲの~」。
世相は相変わらず、待機児童、就職氷河期、高齢者の所在不明、生活保護世帯の増加などなど、明るい兆しを見出すことができなかった1年でした。

歳末風景 2010

歳末風景 2010

確かに「暑い」日がありました。エアコンを購入しました。
それでも旭川の「暑さ」は1、2ヵ月、それも窓を小開けにすれば騒音は入りますが、夜はしのげます(全開だと寒すぎます)。

猛暑続きの西日本とは10度以上もの温度差があるのを見て、北海道に来て良かったと、つくづく感じました(写真右は銀座通り商店街の歳末風景)。
余りフットワークの良い私ではありませんが、今年は、更に悪くなりました。

「まちづくり呼びかけ隊」に入り2年目ですが、まともに参加できたのはそれだけでしょうか、他のイベントへの参加は少なかったように思います。
ある程度実行できたものもありましたがやり残したものも目立ちます。

3本目のブログ(「まちづくり呼びかけ隊」の記事を掲載)をスタートさせましたが、その分2本目のブログが少し疎かになりました。
そんな反省を含め、私にとっての十大ニュースを拾い上げると次のようになります。

1. 「まちづくり呼びかけ隊」に参加して

昨年の入会で2年目、毎月の定例会には、ほぼ欠かさず参加できたかと思います。
「市民意見交流会」や「旭川の人材・自然などを巡るツアー」などのイベントも無事にこなしましたが、まだまだ、実績として評価されるには及んでいません。

会員は20名ほどで、例会の参加はほぼ半数ですが、イベントに参加する会員は限られている感がします。
イベントを魅力あるものにすることと、イベントなどの成果を積み上げていくことが今後の課題です。

2. ブログ情報の継続と積み残し

年の始めに、「旭川のオリジナル情報」と「わがふるさと情報」をより充実したいと考えましたが、石狩川に架かる橋の情報は実行できませんでした。
継続できたのは、4、5店舗に限ってですが商店街のお店情報と学校だよりです。

ふるさとのサンプル農場も実施しましたが、訪れた回数が少なく、満足のいく情報提供ができませんでした。
芸術文化交流館の情報はほぼ提供できたかと思います。

商店街のお店情報は、価格が日々変わる魚、野菜、果物、花とその日のメニューが変わる総菜の情報を掲載していますが、毎週月曜日(月曜日が祭日の場合は翌日)にお伺いし、100枚ほどの写真を撮り、価格を調べてきます。
殆ど、丸1日を要してブログに掲載しています。

学校だよりは、始めの頃はパソコンの出力リストをいただき、スキャナーで読み込み、レイアウトなどを変更して掲載していましたが、今は、USBメモリにコピーして頂いたり、ネットで転送して頂いており、比較的短時間で掲載できるようになっています。
サンプル農場は、ふるさとのイベントなどがあれば、それに合わせて出掛け、撮影してきますが、それが必ずしも、作物の生育ステージ(開花、結実、収穫)のタイミングと一致いていません。

タイミングを合わせるには、数を重ねなければなりませんが、片道、40、50分も掛かるので、ついつい億劫になります。

3. 国勢調査

調査員は、どのようにして選ばれるのだろうか。
前回の調査員から紹介があったというので打診がありました。

昔の仕事柄というか、調査を依頼する側の仕事をしていた手前、お断りするのが難しく、お引き受けしました。
2つの町内、120世帯程ですが、そのうちの半数以上が10棟ほどの中小のマンション暮らしで、土日や夜間でも、なかなかお会いすることができない。

調査票は、今回から郵送と直接回収の選択になったようですが、旭川は、直接回収することを推奨すると説明を受けました。
何度も足を運び、メモ入れをしたり、それでも1度もお会いできない世帯が何カ所かありました。

この方々は、町内会にも加入しておらず、近所のお付き合いもなく、非常に捉えにくい存在となっています。
お会いできさえすれば、それなりに協力は頂けたのですが。

4. 今年から薬のお世話に

病院は好き嫌いで「行く」、「行かない」を決める訳ではありませんが、病院は苦手です。
勤めていたときも定期検診では、GPTや血圧、血糖値、尿酸値などの指摘があり、再検査もしましたが、そのまま過ごしてきました。

旭川に来てからは、定期検診も受けていませんでした。 ところが、大事には至りませんでしたが、夏の終わりの、真夜中に急に鼻血が出始めました。
しばらくして、止まりはしましたが、その量が尋常ではありませんでした。

翌朝、恐る恐る病院を訪れ、血圧と心電図、採血検査を行いました。
結果は、血圧が高く、不整脈もあるが、血液検査は特に異常は認められませんでした。

ただ、鼻血であって良かったのかも知れないとのことでした。
それ以来、血圧を下げる薬2種類(始めは1種類)と血をサラサラにするという薬1種を毎朝飲み続けることにしています。

幸にして、薬の服用はそれのみです。

5. 免許証の更新~「ゴールド」から「青」に~

免許の更新期が来ました。
誕生日を挟んで前後1ヵ月かんですが、先日、更新をしました。

これまで、ずっと「ゴールド」カードでしたが、今回は「青」に変わりました。2ヵ月ほど前に17キロオーバーの反則です。
今回が2度目の反則、前回は期間(反則後3ヵ月以上)があり、反則点が消えて「ゴールド」がもらえたようです。

今回のこの反則により、反則金が課せられ、免許の更新では2時間の違反講習を受講させられ、次回の更新期間も3年に短縮。反省です。

6. 地区の新生なるか~新しい施設などの開業~

直接の関わりはありませんが、周辺の環境が目まぐるしく変化しています。

  • 市民活動交流センター(CoCoDe)のオープン
    CoCoDe 2010

    CoCoDe 2010

    旧国鉄の工場として明治時代に建築された2棟の煉瓦造建物を改修整備し、平成22年6月29日(火)にオープンしました。
    市民活動の総合的な支援を始め、市民活動団体やまちづくりに関わる団体との交流、協働の促進などが期待されています。

  • JR旭川新駅の部分開業
    10月10日(日)に新しい旭川の顔としてスタート。
    駅前広場の開発、駅南側に架かる2本の橋(新設)と併せ、来年度には全面オープンの予定。

西口構内 西口構内

名前を刻むプロジェクト 名前を刻むプロジェクト

展示スペース 展示スペース

1・2番線ホームの西側 1・2番線ホームの西側

1・2番線ホームの東側 1・2番線ホームの東側

1・2番線ホームの下り階段 1・2番線ホームの下り階段

駅構内 駅構内

改札口(西口) 改札口(西口)

旧改札口付近 旧改札口付近

 

  • コーチャンフォーの開業
    9月13日(月)にオープンしました。
    書籍コーナー、文具コーナー、ミュージック(CD&DVD)コーナー、ドトールコーヒーショップの複合店舗です。

駐車場 駐車場

入り口 入り口

店 内 店内

  • 新成橋通(旧宮前こ線橋の通り)開通
    2010

    2010

    JR線が高架化されるのに伴い、これまでJRに架かる跨線橋が2年前に通行止めとなり、撤去工事と新たな開通工事が進められていました。
    JR線の高架化(10月10日)以降跨線橋が完全撤去され、新成橋通の開通工事も急ピッチで進み、12月24日(金)に開通を見ました。

  • 商業施設等の撤退 新しい施設がオープンする反面、周辺から、旭友ストア、サッポロドラッグストア、ベスト電器などが撤退されています。

    サッポロドラッグストア撤退跡 サッポロドラッグストア撤退跡

    ベスト電器撤退跡 ベスト電器撤退跡

    CoCoDe(2) CoCoDe(2)

 

7. 市議会の傍聴

市の行政に関しては多少の関心はあっても、議会の方は選挙時のみの関心でしかない。
それも、選挙公約で、自分の考えに近そうな人に投票するのが、精一杯。どのような活動をしているか、その実績を見て投票することは殆どありません。

それほど関心を持っていないので、普段どのような活動をされているかは分からないのが実態です。
今後は、幾分でも議会に関心を持ちたいと、議会や議員さんがどのようなことをされているのか、手始めに、初めての傍聴を経験しました。

8. 小中学校のクラス会

昨今、小、中の一貫教育が叫ばれていますが、私たちは、始めから一貫教育でした。
一時期は1学年2クラスのこともありましたが、少子化の影響で今は廃校(現芦別市芸術文化交流館として復活)となっています。

私たちのクラスは、途中、4~5人の転入・転出がありましたが、9年間同じ学舎で学び、卒業時には46人が巣立ちました。
うち6人は既に他界されていますが、残る40人は、2年に1度、ふるさとの新城(在住は3人のみ)、札幌、東京、旭川と開催場所を変えながらクラス会を実施しています。

今回は、新城での開催、2年前の予定でしたが、いろいろの都合で延び延びになっていました。
2泊3日の計画に、遠くは、大阪、東京、神奈川、茨城からも参加があり、21名の参加を得て、それぞれに楽しい思い出を残すことができました。

9. お花見と紅葉狩り

新ひだか町二十間道路の桜は圧巻でした。
満開の時期は過ぎていましたが、それでも見応えはたっぷり、人混みが無く、かえってゆっくり、ノンビリと楽しめました。

その足で、札幌清田区にある平岡公園の梅園を見るという贅沢。
こちらは、丁度満開。東京の方では、梅は桜より1ヵ月以上も早く咲きますが、北海道は、どちらかというと桜の方が早いのかも知れません。

今年の桜は、旭川空港の近くでも見ることができました。
これも満開の時期は過ぎていましたが、新しいスポットの発見です。

紅葉は、昨年と辿ったコースをドライブ、層雲峡~三国峠~糠平湖~然別湖~狩勝峠と巡ってきましたが、今年の紅葉は、猛暑の影響か、気温の高低差が少なかったせいか、鮮やかさに欠けるような気が致しました。

10. カラスの威嚇

自宅脇の歩道は植え込みになっており、4、5本の木が植えられています。
下草を、刈ったりして花を植えたりするのですが、これまでは、花フェスタなどで安い苗を買っていましたが、本数が多いとこれが結構お金が掛かります。

それで、今年は、種から育てることに挑戦。
ポットに種をまき、1度は失敗。

2度目でようやく移植できたのは良かったが、ある時期からカラスに脅されるようになり、手入れを怠りがちになりました。
それでも、苗の方は勝手に育ってくれたようで、秋頃からは目を楽しませてくれました。

カラスは、植え込みの松の木に巣作りをし、子育ての最中だったのですが、この光景は、市内の至る所で目にしました。
これまでも、巣作りはしていましたが、今年ほど威嚇する行動は無かったように思います。

何処で監視しているのか、外に出ると、近くに来て、仲間(つがい?)を呼び、気を惹かせようとするのか、威嚇としか思われないような行動をします。
巣立つのを待つしかないと思っていましたが、道行く人にも同じ行動をしますので、脅威を感じた何方かが、市に連絡されたらしく、巣を取り払ってもらい、落着となりました。

来年以降も、続くのでしょうか。
それにしても、カラスの子どもを守る姿には、見習い点もあります。

20010.12.31
コーチャンフォーと JR高架線コーチャンフォーと JR高架線

忠別川に架かる JR富良野線橋忠別川に架かる JR富良野線橋 新旧神楽橋新旧神楽橋

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2009年を振り返って

今年の1字漢字は「新」。流行語大賞は「政権交代」。
でも、世相は依然として暗いイメージの方が強い1年であったように思われます。

歳末風景(1) 2009

歳末風景(1) 2009.12.31

我が家の政権交代はありません。
旭川の生活も4年目となり、「新」鮮味を失いつつあり、「新」たな発想も湧かないまま、「新」年を迎えそうです。

5つのプロジェクトも4月の公開講座の終了を以て、活動停止の状況が続いています。
地域活動としては、今年、新たに「さけサポーター」、「まちづくり呼びかけ隊」に参加しました。

ブログは悪戦苦闘の末、何とかアップグレードを終え、2本目のブログをスタートさせましたが、まだ、不完全な部分が残ったままです。
以上を含め、この1年の、自分にとっての10大ニュースは、次のようなことになります。

写真は、銀座通り商店街の歳末風景(12月31日)。

1. ブログソフトのアップグレード

歳末風景(2) 2009

歳末風景(2) 2009.12.31

Movable Type 3からMovable Type 4へ移行

  • Movable Type 3でアップロードした画像はすべて再ロード(中には、バックアップのない画像も)
  • テンプレートは汎用、すべての機能を網羅しているため、小回りがきかない
  • 市販の解説書(5、6冊)を買い漁り、サンプルを頼りに試行錯誤
  • Movable Type 5が新たにリリースされたが、同じ経験は2度としたくない

2. ブログ2の開設

3. 相次ぐ入院

  • 5月、母(義母)が2度目の脳梗塞で1ヵ月近く入院、リハビリに4ヵ月を要す
  • 春先には、姉が入院。退院後に知らされる
  • 弟が、10月入院、11月手術
  • 今は、皆、元気を回復

4. 故障も一時期に集中

  • 8月、パソコン CD読み取り不能→ドライブの交換
  • 9月、プリンター 廃液インクの吸収が飽和→部品交換と新規購入(2台に)
  • 9月、カメラオートフォーカス不能→再現せず(オートフォーカス可能)でも新規購入(2台に)
  • 11月、車 バッテリ機能低下→バッテリー交換
  • 11月、ロードヒーティング 降雪センサー障害→修理、不凍液注入
  • 年金生活者にとっては、痛い出費。 車は、夏タイヤが限界。来春は買い換えなければ

5. 桜と紅葉

今年の桜は、

紅葉は、

を見に行きました。

6. サイクリングと橋巡り

  • 春からの予定が延び延びに
  • 行き先は、上記、「ブログ2の開設」の「川のまち旭川」の通り
  • 旭川は川の街、サイクリングロードも整備されている
  • 一部は砂利道、行き止まりか所もある
  • 主な河川は市街中心部で石狩川と合流(石狩川下流を除き、行きは登り、帰りは下り)

7. 活動グループへの参加

  • これまでは、「旭川NPOサポートセンター」、「旭川フットパス同好会」に参加(会員登録)
  • 今年新たに、「さけサポーター」、「まちづくり呼びかけ隊」に参加(会員登録)
  • 「さけサポーター」は、主に、講演会やイベントに参加。10月には石狩川上流魚道現地見学会に参加
  • 「まちづくり呼びかけ隊」は、毎月例会が開催される。ブログに、「まちづくり呼びかけ隊」のコーナーを新設(「旭川魅力再発見」のカテゴリーにサブカテゴリーとして追加)
  • 「まちづくり呼びかけ隊」の準公式サイトに?

8. 町内会のゴミステーション問題

  • 路上に設置されるゴミステーションは町内会が管理(当町内会は6か所管理)
  • 春先から違反排出が目立ち始める
  • 旭川清掃事業所から町内会に「改善が見られるまで、収集致しません」との通知(レッドカード)
  • 町内(会員、非会員)への協力要請などをするも改善の兆し無し
  • 8月、ダイヤル式の施錠をすることにより、利用を制限(会員以外は年会費1,200円で準会員として、番号付与)で、ようやく改善に至る

9. 地域との関わり

  • 一昨年町内会役員(任期は1期2年。幹事長=事務局、総務、会計の役。いわゆる雑用係)を仰せつかる
  • 来期は、副会長の打診(総会は1月)。お断りするが、免れそうにない
  • 町内会役員は、「職無く」、「暇そう」だから足が洗えないのか
  • 一昨年、公募委員として応募した「市民参加推進会議」(任期2年)は、来年2月で卒業
  • これまで、全回出席しているが、公募委員として、役割を果たせたかは不明

10. 手摺り工事

  • 母、大正12年3月生まれ、要介護度「4」
  • 8月、リハビリ病院の退院に合わせ、住居の動線に手摺りの追加工事
  • 介護保険が適用され、1割負担。福祉家具(電動ベッド)も借用
  • 今は、週2度のディサービスで、本人も、家族も息抜き
  • 健康の有り難みを痛感するこの頃です

 


跨線橋の今。 解体される跨線橋の傍ら、JR宗谷本線の高架工事が急ピッチで進められています。
写真は、12月25日(金)。

 

進む高架線工事

kosenkyou-2009-12-25-01

2009.12.25

2009.12.25

2009.12.25

解体される跨線橋の橋桁

2009.12.25

2009.12.25

2009.12.25

2009.12.25

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2008年を振り返って

今年の世相を表す漢字は「変」、昨年は「偽」、その前は「命」と暗いイメージが続いています。
来年こそは、明るい漢字で表現される1年であってほしいと願っています。

歳末風景 2008

歳末風景 2008

具体的な地域活動のないまま、昨年開始したネットオープン講座は予定通り進めることができました。
横文字のコメントが寄せられていますが、内容の確認を怠り、掲載を割愛させていただいております。

ブログの掲載件数も減少傾向、新鮮味も低下?、新たな工夫が必要と考えております。
“変”化のない毎日で、数え上げるのが大”変”ですが、自分にとっての10大ニュースをとりまとめ、2008年の閉めに”変”えたいと思います。

写真は、銀座通り商店街の歳末風景。

~ 私にとっての10大ニュース ~

1. 町内会役員に

町内との関わりがなかっただけに、当分は、無縁と思っていたが、2年目にして役が回ってきました。
幹事長という、あまり馴染みのない役ですが、30戸ほどの小さな町内なので、総務・会計兼事務局長、言ってみれば町内の便利屋です。

会費の徴収手続き、資料の回覧、各種寄付金等の協力への対応などがあり、行事としては、総会と同時に行われる新年交礼会、親睦旅行のみ。
年度が暦年のため、総会・新年交礼会は翌年からになります。

町内会費は、月600円。
町内会の中では、最も高い会費かと思いますが、共同募金や町内会を通じて要請のある募金については、戸別の徴収は行わずに、会費の中から町内会として一括して協力することにしています。

また、町内にはマンション居住者も多く、町内会への加入はごく一部に限られています。
そのため、町内会に加入しない居住世帯者には、賛助会員として、月額100円(年間1,200円)のゴミステーション管理費をいただくよう協力を要請しています。

2. 市民参加推進会議

2月27日付け記事で紹介しましたが、市の付属機関の公募委員として応募し、委嘱を受けました。
市民参加の在り方や方法、推進状況に対する評価などを行い、必要に応じ、市長に提案や提言を行うなどをミッションとする。

任期は2年で、1年目の今年は、前年に倣い、行政部局から20年度の取り組み予定の施策と継続する施策については、

    • 市民参加の方法
    • 市民参加の実施時期、
    • 市民意見の聴取
    • 市民意思の施策への反映

に対する、現状の評価を提出いただき、それらについて、市民参加推進会議としての再評価を行い、必要に応じて担当部局に意見などを提出しました。

会議は5回の予定でスタートしたが、時間不足のため、臨時の会合を1回追加して、初年度の任を終えました。
担当部局が市民参加が必要な施策すべてを提出しているか、市民参加を取り入れて行うべき新たな施策はないか、進捗状況をどう評価するかなど、2年目に残された課題も多いのではと感じています。

3. 芦別市芸術文化交流館の作品紹介を無事終了

展示場、個人アトリエの作品の殆どを紹介しました。
今後は、更新があれば、適宜紹介することにしています。

4. 旭川フットパス愛好会(歩穂)のイベントに毎回参加

新年始めの学習会は欠席しましたが、その日の新年会を含め、すべての行事に参加しました。
コウモリと昆虫の合同調査と4回の「再会の森」に自生する植物調査が行われました。

5. 知新小に続き北都中の”学校だより”を掲載

ブログ記事に、昨年実施した知新小の学校だより「知新っ子」に続き、4月からは北都中のご協力により、学校だより「夢と希望」を掲載しています。
更に、地域の情報発信に努めたいと考えております。

6. 月1回の公開講座何とか達成

原稿に追われることもありましたが、結果オーライ。
昨年から4テーマについて、終了しました。

HTMLからPDFファイルに変更しましたが、変換ソフトが不十分(基本は知識不足にありますが)で、アップロードも容量制限などで、ご覧いただく上で、不自由を感じておられるかと思いますが、新年には解決したいと考えています。

7. 商店街のお店の紹介は伸びず

紹介店舗数は昨年と変わりません。
全く更新をしていない店舗もあります(申し訳ありません)。

価格の変化のある鮮魚店、青果店、日替わりの総菜店は、毎週月曜日(祭日等の場合は火曜日)に情報の更新を行いました。
毎回、100枚程度の写真を撮り、トリミングやサイズの調整を行い、現在は、一太郎で原稿を作成。それをPDFに変換してアップロードしています。

ほぼ1日一杯を要しますので、学校だよりの掲載日と重なる時などは、一苦労です。
それでも、紹介の要請があれば、支援は続ける考えでいます。

8. 庭の手入れ

今年最大の難作業でした。
広くはない庭ですが、粘土性の土地(宅地)のためか、小石を大量に投入してあり、とても作物や花を育てるようなものではありませんでした。

春から夏に掛けて、その土地を掘り起こし、篩に掛け、石と土を分離し、掘り起こした後に分離した石を敷き、分離した土で覆い花壇らしきものを造りました。
ショベルカーや石の捨て場があれば、容易に片付いたのでしょうが、1人で、こつこつと、”こも”で富士山を移すという話を思い浮かべながらの作業でした。

序でに、家の前にある街路樹の下地についても手入れを行い、花フェスタなどで安い苗を見付けて来て、植栽した。
来年は、自分で種をまき、苗を育ててみたいと考えています。

9. 茶毒牙の影響、1ヵ月余りに及ぶ

四街道には、2度行って来ました。
春から夏にかけての庭の手入れと夏から秋にかけての庭の手入れです。

旭川に転居以来、息子の1人住まいですが、遠距離通勤のため、手が回らないことから、私が毎年出掛けて行うことにしています。
垣根を山茶花で囲っており、住宅団地内の狭い土地ですが、角地にあり、剪定には手間が掛かります。

いつもは、2、3日前に消毒を行ってからの剪定作業ですが、それでも必ずといっていいほど、茶毒牙にはやられていました。
今年は、雑草が茂っているせいか、前日まで、コオロギが美しい音色で大合唱でした。

そこまで、意識した訳でもありませんが、消毒無しで始めたから大変。
その日のうちから、蕁麻疹のような発疹が、腕から体中に広がりを見せました。

市販の塗り薬を4、5日塗ってみましたが、殆ど効果が無く、自然に治るのを待つしかありませんでした。
来年からは、注意して行わなければ。

10. 跨線橋の解体・交通止め

直接関係がないと言えば、関係のない話ですが。
自宅前から、上川神社に抜ける通りのJR線に架かる跨線橋。

普段、余り気にも留めずに利用していましたが、JRの高架化に伴い、11月末をもって通行止めになりました。
現在は、中央部が解体され、JRの高架線が顔を覗かせていますが、完全に撤去され、2年後は、JRの高架下を通ることになります。

この跨線橋、比較的展望が良く、遠くに大雪山系を望み、眼下に北彩都、シビックサイトが見渡せました。
また、初詣の帰りには、市内に点々と灯る街灯りや雪景色は一時の安らぎを与えてくれたものでした。

9月17日現在
9月17日現在
12月23日現在
12月23日現在
12月23日現在
12月23日現在

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2007年を振り返って

~ 私にとっての10大ニュース ~

 旭川での年金生活も定着し、時間に追われる生活からも解放され、日々、平穏に打ち過ぎました。

歳末風景(1) 2007

歳末風景(1) 2007

地域活動は具体的な進展が見られないまま、当初の目論みから多少の軌道修正を行い、ネットオープン講座をスタートさせました。
反応は”いまいち”ですが、ボケ防止のため、しばらくは継続したいと考えております。

各種のフォーラムやイベント等への参加も初年度よりは少なくなったような気がいたしますが、引き続き積極的に参加して行く予定です。
ここに、自分にとっての10大ニュースをとりまとめ、2007年を閉めたいと思います。

~ 私にとっての10大ニュース ~
歳末風景(2) 2007

歳末風景(2) 2007

  1. 初詣(上川神社)(1月1日)
    これまでは1月2日に成田山新勝寺へ車でのお参りでしたが、今年からは上川神社となります(上川神社の初詣は今回が2度目)。
  2. 確定申告(3月1日)
    住宅控除を行った以外では、初めての経験。
    若干の還付があり、ニンマリ。
  3. 芝桜・チューリップ見物(6月1日)
    オホーツクの3公園(滝上、上湧別、東藻琴)を単独での強行軍でした。
  4. 旭川銀座商店街のお店紹介を開始(8月1日)
    12月末現在11店舗1工房。現在も募集中。
    無償協力です。
  5. 小松市から親戚家族の来訪(8月10日)
    家内の曾祖父の兄弟の流れの家族。
    5年ほど前に、私たちが小松市を訪れています。
  6. 芦別市芸術文化交流館のアトリエ紹介を開始(10月11日)
    アトリエは母校の廃校舎を活用して、昨年5月からスタートしています。
  7. 二人の姪が、それぞれ第1子を出産(1月15日、2月10日)。甥の結婚式(11月11日)
    姪の子供は、女・男。
  8. 結婚記念35周年(11月19日)
    過ぎ去った後に気付く記念日でした。
  9. 息子が宅建試験に合格(12月5日)
    努力が報われた?
  10. 市民講座”ちんちん電車のおもいで”の実施(12月8日)
    ほぼ1年間、企画のお手伝いをいたしました。

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2006年を振り返って

~ 私にとっての10大ニュース ~

この1年を振り返ると、会社を退職して年金生活の仲間入りし、片道2時間を要した通勤苦から解放されたことが大きな変化でした。
ブログ(ホームページ)を開始し、2000件のアクセス件数(その半分以上は、自分の確認のためのアクセス件数)に達したことは、今後の励みになりました。

地域活動は、当初目論んでいた研究会の立ち上げは全くの反応が無く、実施に漕ぎつけるまでに至りませんでしたが、各種のフォーラムやイベント等に参加できたことは幸いでした。
特に、「団塊世代のコミュニティ・ビジネス創発講座」や「旭川魅力再発見講座」に参加できたことは、大変有意義でした。

ここに、自分にとっての10大ニュースをとりまとめ、2006年を閉めたいと思います。
ありがとうございました。

 

~ 私にとっての10大ニュース ~
    1. 会社退職(1月)
    2. 年金生活スタート(2月)
    3. 旭川に転居(4月)
    4. ブログ(ホームページ)の開設(6月)
    5. 空き巣侵入未遂(四街道:ガラス破損修理)(9月)
    6. 交通違反(スピード20キロオーバー)(10月)
    7. 市民講座の受講(10~12月)
    8. 姪の結婚式(10月)
    9. 小中学校のクラス会(旭川開催)(7月)
    10. 旭山動物園見学(8月)

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1年回顧~2016年~ 

歳末風景 12/26

歳末風景 12/26

今年の漢字一文字は「金」でした。
2000年、2012年に次いで、3回目だそうで、いずれもオリンピックの開催年と言うこと。オリンピックの活躍には誰もが感動させられることなのかも知れない。

私にとって、この1年を漢字で示すと「没」でしょうか。
「没……」の「没」。第一は、母が亡くなったこと。それが原因ではないが、これまでの関わりが希薄(交渉)になり、自分の殻に埋。時折、何かに頭することがあっても、1年とは続かない。

今年の「新語・流行語大賞」は「神ってる」だそうだが、大賞候補のトップテンを見ると、半分近くが理解できない言葉が並ぶ。
いよいよ私の頭の中身が化石になりつつある。

スーパームーン 11/14

スーパームーン 11/14

今の政治も判らない。TPP法案、年金法案、IR法案はどうなっている?。まだ、まだ、ある。駆けつけ警護、オスプレイの飛行再開、原発の再稼働、除染・廃炉費用負担、JR鉄路の存廃など、など。
危うさは感じないのであろうか。国会は機能しているのだろうか。参議院は本当に必要なんだろうか。

直近の内閣支持率は、5ポイントほどの変動があるけれども、60%もの支持率がある。
与党の強引さに疑問を抱く国民は相当多いと思うが、意のままに操られる野党のだらしなさに嫌気が刺し、投票行動にむすびつかないのではないか。第一党の責任は重大である。

経済もおかしい。
今の経済政策は「風と桶屋の風政策」。風を吹かそうと円安誘導、ゼロ金利・マイナス金利政策、TPP批准、………。恩恵を受ける(儲かる)のは一握りの優遇者。

おこぼれを期待する桶屋(経済弱者)には、夢のまた夢。原油安で、何とか持ち堪えて来たが、ここに来てまた上昇傾向。
この政策を続けると、GDPは伸び、税収も増加するのは確かかもしれない。でも、桶屋(年金生活者など)はいつまで経っても浮かばれない。格差は増すばかりだ。

以前は、桶屋をないがしろにすると人気(票)を失った。しかし、今は、何をやっても(?)支持率は落ちない(高い支持率を維持している)。総裁任期も延長だ。
これまでの任期は何故定められたのか?それを何故延長しなければならないのか?与党内も人材不足と云うことだろうか?この先が、非常に心配である。

社会はどうか?

四街道の家 10/07

四街道の家 10/07

高齢化社会に生き、若者に支えられ亡ければならないる現状に後ろめたさはある。
今の若者は、お年寄りを支えながら、自らの糧を自ら稼がなければならなくなりそうに思う。

然るに、非正規労働とか職に就けない若者が多いのは、何なのだろう。政策の貧困のなせる結果ではないだろうか。
お叱りを受けるかも知れないが、「経済優先」、「インフレターゲット」を見直し、「生活優先」、「ローコストマインド」に舵を切るべきではないか?

例えば、実現は困難かも知れないが、国民の飲み薬の量が半分になったらどうであろうか?
そのような、画期的な発想の転換が必要と考える昨今である。

今年の大きな出来事は、3月に義母が亡くなったことと、年末に息子が婚約を果たしたことである。
病院から見放され自宅に戻されてからの5年間、お互いよく頑張れたと思う。息子も40歳過ぎにして、ようやくといった感じ、今は珍しくないとは言われるが、親としては安堵の気持ちでいる。

私の今年の漢字で示したとおり、活動は抑えめで、ブログの継続と自分史への挑戦が一段落したことが大きい。
異常気象も印象づけられた1年であった。

さくらんぼの木

さくらんぼの木に雪 2/15

改めて、10項目を挙げると、次のようになる。
2016

1年回顧

  1. 異常気象
  2. ブログの維持・更新
  3. 地域活動
  4. 統計調査への協力
  5. 義母の逝去
さくらんぼの花 5/10

さくらんぼの花 5/10

  1. 法 事
  2. 息子の婚約
  3. 同期会
  4. 庭回り
  5. 自分史の整理

2016-01

異常気象

冬の訪れが平年より1ヶ月も早まった感がする。旭川は特別のようである。
そのため、落ち葉掃除が2、3回で終わり。雪囲いもできなかった。パンジー・ビオラにも影響があったようだ。

年内最後の雪 12/31

年内最後の雪 12/31

31日は、朝方まで、今年を象徴するような雪に見舞われた。
10時頃には上がり、それ以降は、穏やかに陽も差し始め、静かな新年を迎えそうである。

北海道音楽大行進の雨天中止

6月4日(土)に予定されていた第84回北海道音楽大行進が雨天のため中止となった。
国内唯一の歴史と規模を誇る音楽イベントであり、これまで、一度も中止になることはなかったと聞く。

近郊から集まる幼児を始め道内外から集まる学校、団体、一般人まで、4千 人ほどが行進する迫力ある音楽パレードは沿道を埋め尽くすの15~20万人の観客に感動を与えている。
単なる、気象の巡り合わせであるが、練習に励んだ子供達の落胆は大きかったと想像する。

相次ぐ台風の北海道上陸

北海道に上陸する台風は、多くて、年間1、2回程度と考えていたが、今年は、7号(8月17日)、9号(8月21日)、11号(8月23日)、10号(8月29日~31日)と1ヶ月間に集中して、4回も上陸・接近した。
3回以上の上陸は観測史上初めてで、道内各地に大きな被害をもたらした。

旭川市も一部地域で、堤防決壊・橋梁の決壊などの影響が出たが、大きな被害は免れたといえる。
しかし、その激しさは、9号の上陸時には、旭橋下流(石狩川)付近ても避難警報が発せられたことからもうかがい知れる。

初雪の後 10/21

初雪の後 10/21

旭川の今年の根雪は10月29日

根雪(長期積雪の初日)は、積雪状態が「30日以上の継続」を満たすことが条件とされている。
旭川は10月29日が長期積雪の初日となることが確定し、統計開始(1961年)以来、最も早い初日となった。

平年11月22日(昨年11月21日)より1ヶ月近く早い。これまでの最も早い初日は、昭和63(1988)年の11月7日で、これよりも10日近く早まった。
因みに、最も遅い初日は、平成2(1990)年の12月15日という。
季節外れの花

8月25日 さくらんぼの枝を見ると可憐な花が開いていた。どうしたことだろう!!
来春への影響はどうか!花開き、実を付けてくれるよう願うばかりだ。

さくらんぼの花 8/27

さくらんぼの花 8/27

9月15日 今度はいちごが花を付けた。
こちらは、実も付け、日ごとに肥大していたが、10月20日の初雪で埋もれて以降確認はしていない。

いちごの花 9/15

いちごの花 9/15

いちごの花 9/21

いちごの花 9/21

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2016-02

ブログの維持・更新

昭和の頃の校門 5/10

昭和の頃の校門 5/10[/caption]私の生活の一部になっているが、内容的には更新情報が多く、代わり映えはしない。
掲載した情報は、「旭川冬まつり」、「銀座商店街」、「学校だより(知新小学校)」、「芦別市芸術文化交流館」、「サンプルほ場」などである。

銀座商店街は、「魚住鮮魚店」、「渡辺果実店」、「山住魚住青果」はほぼ毎週更新しているが、他は、年に数回、全く更新していないお店もある。
Clover Ginza Base」を含め、新しく追加したお店も7店ほどあるが、希望があれば数を増やしたいと考えている。

講演会やイベントへの参加が少なくなり、出歩くことにも偏りが生じ、新鮮な情報発信ができずにいる。
そんな中、「地図情報」サイトに「市境ビュー」を掲載したことと「大成地区”ざっくばらん”の集い」の新しいサイトを立ち上げた。

市境ビュー

 

市境(江丹別峠) 9/22

市境(江丹別峠) 9/22

旭川市から他の市町村に通ずる地図上に表示されている道路の他市町村との境界の写真を紹介するもので、50ポイントほどがある。昨年末から手掛けた作業であるが、雪道は車の運転に自信が持てず、冬期間はお休み。
雪解けが進んでも、しばらくは動きが取れず、9月に入ってからようやくスタート。16日、22日、24日と走り続け、可能なところは全てを回ることができた。

多くのポイントでは、市境を示す標識が立てられていたが、標識のないポイントも何カ所かはあっったり、進入が禁止されているポイントもあった。

大成地区”ざっくばらん”の集い
寄り合い茶の間"友" 6/04

寄り合い茶の間”友” 6/04

これも昨年の暮れからこの集いが主催する「寄り合い茶の間(銀座、友、ロジェ513」に顔を出し始めていたが、「支えあいマップ」づくりに声が掛かり、1月から、月1回の集いにも参加することになった。
スタッフは15名ほどであるが、今後の活動を考え、参加をしながら活動の担い手としても協力いただける人を募集し、裾野を広げようとしていた。

早速、担い手募集のちらし作成に関わり、ブログでもPRしようと新しくブログを立ち上げ、募集記事「支えあい活動の担い手 募集!!」を掲載した。
「支えあいマップ」は、年度内完成を目指して取り組んでいるが、ブログには、それとは違った視点で、「支えあいマップ」を掲載した。

整備中ではあるが、高齢者や子育て、つながりに関わる社会資源のマップづくりに関する記事やその内容を掲載している。

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2016-03

地域活動

疎かになった感は否めない。
「まちづくり呼びかけ隊」は活動休止。「NPOサポーセンター」、「あさひかわサケの会」は総会に顔を出したのみ。

 

フットパスウォーク 常磐公園 11.16

フットパスウォーク
常磐公園 11.16

特に、3役(会長、副会長、幹事長)のなり手がいない。町内会加入世帯は21世帯。「旭川フットパス愛好会”歩穂”」は、総会、第4回市民フットパスの集いは不参加。2、3度の”ぶらぶらウォーク”(月例ウォーク)に参加したのみで終えた。
町内会は、幹事長が巡ってきた。任期は2年で、もう1年あるが、役員のなり手がいなく大変だ。

町内を3班に分け、班幹事を置き、その外に4人ほどの役員がおり、役員は兼任もあり7名体制である。

役員会は年2、3度。イベントは、「新年会(総会と合わせて行う)」と夏に行う「野遊会」のみである。
幹事長(雑用係)は、会計処理や回覧板の作成、イベントの計画などがある。班幹事は、会費の徴収などを行う。

以前の野遊会は、旅行などを行っていたが、最近は高齢化で歩くことがままならなくなってきた。
近郊の温泉につかり、会食するのが定着しつつある。それでも参加者は10名を切ることもある。

 

チラシ 07/10

チラシ 07/10

参加者も20名ほどになった。今年は、趣向を変え、町内の駐車場を借用し、”焼き肉・バーベキュー”を実施した。
途中から、激しい雨に見舞われもしたが、設営や片付けなどに役員は勿論、役員以外の人も協力するなど、激しい雨に見舞われもしたが、結構盛り上がっていた。

イベントの企画は、私ではなく、副会長が行った。

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2016-04

統計調査への協力

調査員の委嘱を受けて5年目になる。2月に平成27年度の国勢調査について”調査員報告会があった。
市内の調査員10名ほどが集められ、あらかじめ設定された意見項目について、道庁の統計職員、市の統計担当職員に報告する会である。

何故10名に選ばれたかは、分からない。1時間ほどの時間であり、お話し合いではない。
また、11月10日に、道庁で開催された「登録検査員研修」に参加させて頂いた。

研修会場(道庁) 11/10

研修会場(道庁) 11/10

班別意見交換は、参加者を8つの班に分け、班ごとにテーマを絞り話し合い、それを報告(代表して3つの班)する内容であった。道内から、市町村職員(統計担当)を含め100名近く(旭川から3名)が集まり、2つの講演と班別意見交換が行われた。
講演は、「27年度国勢調査結果の概要」と「ICTを活用した統計調査活動」で、特別どうと云うことはなかった。

全体の時間は3時間半であったが、意見交換はその内の1時間足らずであり、同じ会場で行ったので、話が聞き取れなかったりして、少し消化不良であった。

いろんな地域の人と情報交換ができるのは良いが、こうして交通費を掛けて参集する効果があるかどうかは疑問無しとしなかった(そのような意見もあった)。
当日は、旭川から出席するにも、雪で交通事情が懸念された。朝は30センチの積雪の中であったが、帰りは晴天に恵まれ、大きな支障はなかった。

今年の調査実施は、「28年度経済センサス-活動調査」が5月11日(説明会)から6月20日(調査票提出)に掛けて実施された。
これは、経済活動を行っている事業所なので、比較的捉えやすい。1件の調査拒否にあったが、好意的に対応していただけた。

担当地域のインターネットによる回答は、1/4~1/3程度であるが、郵送回答と含めると調査員の負担が軽減されて有り難い。
インターネット回答のあった事業所については、中央もしくは、道で一括調査を掛け、それ以外の事業所を調査員で行うことにすれば、コスト・労力の縮減が図られると思う。

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2016-05

義母の逝去

童謡歌詞ファイル

童謡歌詞ファイル

3月1日93回目の誕生日(3月28日)を目前に、息を引き取った。
病気ではないと病院から見放され?家に引き取ってから約5年、よく永らえた。

掛かり付け病院による定期的な往診、ケアマネや訪問看護に支えられてのことではあるが、何よりも、自力が生きようとする気力を持ち続けていたのが大きかったと思う。
家に籠もりきりで居たことで、永らえたことが「幸せ」であったかどうかは分からないが、「不幸せ」ではなかったことは確かだと思う。

食後の楽しみが、詩吟のビデオや美空ひばり、童謡のCDであったが、亡くなる1、2ヶ月は童謡のみであった。
未明の一時間ほどの様子を見ていたが、「もう駄目だ」と何度か繰り返していたが、着替えてくると云って、部屋に戻ったのが、最期との別れとなった。

葬儀は滞りなく終了、名義の変更、相続登記も無事に終了した。
相続と云っても抵当権付きの土地と建物だけ。相続人も姉弟の2人で、問題はないのだか、義母は遺言を残していた。

旭川法務局の相続登記は、簡単で1、2度伺って手続きを終了したが、裁判所での遺言書の検認には2ヶ月ほどを要した。
要するに、相続人が2人のみであることの確証を得るために、出生からの戸籍謄本を全て揃えなければ成らないと言うこと。

ほんとうに、このような手続きが必要かと言うのを疑問に感じた。お金も時間も掛かる。
ましてや、相続手続きをする人の多くは高齢者が多い。この手続きが理解できるかどうかと言う問題もある。

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2016-06

法 事

今年は義父(平成12年9月27日没 84歳)の17回忌を迎えた。また、その父の父(祖父:昭和41年12月没 86歳)が50回忌で、その祖父の祖母(大正5年5月没祖父の祖母 92歳)が昨年100回忌であった。
それらを合わせて、9月27日に近郊に住む人達に集まっていただき、自宅で追善供養を行った。

コチョウラン 12/23

コチョウラン 12/23

長く受け継がれてきた家系ではあるが、この先は望めない。長男(義弟)には、その考えはない。
高齢化と子弟が親元を離れ、冠婚葬祭も形を変え簡素化が進むなど、親戚付き合いは次第に疎遠になっていく。

法要(法事)は、故人を追善供養し、故人を偲び冥福を祈ることのようであるが、追善に集まる人達の絆を深める意味合いがあるのではと思う。
そんな思いで、自分にできることは最小限努めていきたいと考えている。

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2016-07

息子の婚約

本人よりは、回りがいろいろと心配していただいたか。従兄弟の紹介である。
数年前、話題になったけれども、異動を控えていて進展がなかった。

 

旬鮮神楽 8/26

旬鮮神楽 8/26

宮古と旭川は、往き来するには、時間費用が掛かり過ぎるが、11月に来て婚約を済ませた?ようである。7月に従兄弟の家で改めて話題に上り、本人達に話を持ちかけてみることにした。
双方、特に異存はなく、早速(8月末)、お見合いというか、紹介を含め、従兄弟夫妻と本人達、それに両家の親たち8人で会食を行った。

結婚式や披露宴などは省略のようであるが、どうするかは2人の考えにお任せである。

両家の往き来もあり、暮れには両家の家族のみで顔合わせの会食を行った。
今後、異動の時期とも関わりがあって、四街道に戻ることになるかどうかである。

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2016-08

同期会

同期会の類いは、汗を流す世話人がいなければ続かない。
高校のクラス会は早くに消滅した。職場のOB会はいくつか存続しているが、これまで参加したことがない。

唯一、OBではないが旭川の統計OB会には声を掛けて頂き参加してきたが、今回は声が掛からなかった。
存続が難しくなったか(昨年の参加者は6、7名)。

富山の有志会も旭川に来てから計画が立てられなくなった(高齢化と地域の分散)。
大学の同期会は、10月の第1日曜日、新宿中村屋で2年置きに開催されるとなっていた。今年がその年であるが、開催されたかどうかは分からない(照会もしていない)。

そんな中、今年開催されたのは、昭和43年に参加した「経済関係企画職員研修」(総研研修 9ヶ月)の同期会と小中学校のクラス会である。
これらも、今後いつまで続けられるかが問題である。

総研同期会

 

総研同期会 10/03

総研同期会 10/03

教材や4人部屋の研究室が与えられ、著名な講師陣による講義を聴講し、研究論文も選任の指導員として総研の先生が張り付けられた。10月3日に東京の「銀座ライオン」で開催された。
この研修には、農林中金、農林公庫からの各1名と省内各局から選ばれた(優秀という意味ではない)12名の計14名が参加した研修である。

既に、2人が他界し、1人は転職している。体調が優れず、顔を出すことが叶わなかったのは3名であった。2人は現役でも頑張っておられる。

小中校のクラス会

昭和34年に新城小中学校を卒業した46名の仲間。連絡が取り合えるのは30名ほどになった。
地元芦別市に残るのは3名、旭川近郊に住む者7名、札幌市などそれ以外の道内に住む者15名、道外に住む者9名である。

クラス会は、2年に1度、芦別・旭川、札幌、東京と場所を変えて実施してきた。
今年は、芦別・旭川が幹事を担当し、10月10日~12日(2泊3日)に旭川~富良野を周遊した。

参加したのは、芦別・旭川近郊から7名、札幌市などそれ以外の道内から6名、道外に住む者4名の17名(1人は1泊のみ)であった。
次回は、札幌開催であるが、札幌に場所を固定して、毎年、1泊程度の開催を計画するのが良いのではとなった。

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2016-09

庭回り

庭と云うほどのものはないが、四街道の家もそのまま残している。

四街道の梅 4/19

四街道の梅 4/19

今年の四街道行きは、4月と10月の2回。家の周りの草むしり、枝払いなどで2日ほどは要した。

旭川は、狭い庭の外市道(歩道)の植え込みを勝手に管理?している。
例年、冬場の雪掻きと晩秋の落ち葉拾いが大変である。

今年は、市が管理する南北を走る道路(新成橋通)際のプラタナスの枝を払ったのでその落ち葉はないが、ナナカマドや松などの落ち葉が残った。
東西を走る道路(2条通)の枝払いは残ったままである。不思議とこの2条通りの落ち葉は木によって落ち葉を落とす時期が異なり、我が家の前にある1本のプラタナスが最も遅い。

今年は、10月29日が根雪の初日なので、落ち葉の片付けは2、3度しかできなかった。雪の上に散った落ち葉は、雪と一緒に流雪溝に流し込むことになった。
庭には、マリーゴールド、サルビアなどを種から育ててと思い、種を蒔くがまともに育つことがない。今年も同様であった。

アスター 9/10

アスター 9/10

昨年は、10月にバンジー・ビオラの種を播いたが、春先まで生き延び花を付けたのは1本のみであった。
種を蒔く時期が余りにも遅かった。その反省に立ち、今年は9月10日に種を蒔いた。パンジー・ビオラ種はタキイからネットで取り寄せたもの。

セルに1、2粒ほど播いたが、発芽から双葉当たりは順調に生育したと思う。
9月末に一部をポットに移植。10日間ほど家を空けたが、特別問題はなかった。

今年の冬の訪れは、例年よりは1ヶ月も早まった感じである。10月の中頃から雪が降り始めた。早めた播種の効果が台無しか?
少しずつ家の中に取り込んでいたが、雪の下にしたものもある。それでもパンジー・ビオラは雪の下でも強かった。掘り起こし、全てを取り込んだ(置く場所に苦労)。

家に取り込んでからの管理が上手くないらしい。水遣りが上手くいっていないようである。
既に半分以上が、駄目になり、残っているのも相当根が傷んでいる様子である。昨年のこの時期のものより元気がなさそうに思う。

 

播種 9/10

播種 9/10

移植 10/18

移植 10/18

生育不良? 11/30

生育不良? 11/30

年越し 12/31

年越し 12/31

この先、1、2月の厳寒期を乗り越え、100日ほど、春先に花を楽しませてくれるか心配である。
いずれにせよ、経験を来年には活かしたいとのおもいである。

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2016-10

自分史の整理

昨年、幼少期の記憶を思い起こしながら始めた思出の記。
今年は、日記帳を繙き、学生時代、公務員時代、会社員時代、退職後と綴り、自分史年表も整理できた。

 

monthly-diary

monthly-diary

四街道 4/19

四街道 4/19

日記帳

日記帳

 

ゴールは見えてきたが、まだ、完成ではない。
残された作業は、若干の記事の追加とアルバムから写真を拾ってきて、記事に張り付けることである。

アルバムは整理ができていないので、上手く記事に対応させられるかが問題である。
これを纏めきることで、日記帳とアルバムの処分が心置きなくできるかな?と思っている。

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