神居古潭の今

7月末に「認知機能検査」、「高齢者講習」の通知が来た。間があると、1ヶ月ほどそのままにして9月に入ってから、会場に当たってみたが、いずこも満員で、実施は、12月とか1月になると告げられた。雪中の移動や走行に自信が持てないので、比較的混雑の少ない深川の教習所を申し込んだ。

片道40分ほどを要する。それでも雪道よりは安心できる。「認知機能検査」と「高齢者講習」が別の日に設定されており、2日間通うことになった。
お陰様で、晴天に恵まれ、雪の心配は全く無かった。認知機能検査結果は、「記憶力・判断力に心配ありません。」と先ずは安心した。

神居古潭は、年に何度も通る場所であるが、久しぶりに車を止めてみた。
紅葉の盛りは過ぎていたが、時期を問わず眺望は素晴らしい。

神居大橋
旧道
上流
下流
石狩川
夢殿観音

気まぐれ”2人旅”~平成30年 道東3湖巡り~

今年2度目の四街道行きは見送り、道東3湖(屈斜路湖、摩周湖、洞爺湖)を巡る1泊2日(10/18~19)のドライブ旅行を計画しました。
紅葉の時期、天候、宿泊施設などを考え、一週間ほど前にホテル予約を行いました。

北海道胆振東部地震の影響で、道内の旅行客が大幅に減少しているようですが、地震の影響(不安)は全くありません。
出発(8:05)からしばらくは小雨が続き、石北峠は霙交じりの雨となりましたが、積雪はありませんでした。

道東3湖は、これまでに何度か訪れていますが、小学校の修学旅行以外は、それほど印象がありません。
修学旅行では、バスガイドさんから、エゾマツ・トドマツ、サルオガセなどの説明やマリモの唄などを教わった記憶があります。

錦織なす山間を抜ける国道39号線をひた走り、層雲峡、大雪湖、石北峠を抜け、途中北見駅を過ぎた辺りのラーメン店で昼食を摂り、一路美幌駅へ進む。
既に、空は晴れ割ったっていた。ナビの設定が不十分で30分ほどのロスを生じたが、修学旅行で見学した美幌峠、和琴半島、砂湯、硫黄山を巡り、宿泊ホテルに定刻16:00頃に到着しました。

2日目は、8:40分にホテルを発ち、摩周湖(第三展望台、第1展望台)、阿寒湖を巡り、オンネトーを目指そうとしたが、ナビの指定誤りで阿寒湖から摩周湖方面(弟子屈)に引き返すことになり、オンネトーは断念、後幌峠に戻り、後は、来た道を引き返した。家到着は、予定より1時間半遅れの18:25でした。

修学旅行で摩周湖の第三展望台に行ったかどうか、雲の切れ間から一瞬顔をのぞかせた記憶しかありませんが、今回は、本当に素晴らしい眺望が開けていました。
オンネトーには改めて挑戦してみたいと考えています。

コースタイム

初日:10/18

自宅 出発8:05 → 12:40(11:02)頃 美幌駅 到着

予定走行距離(181.7km)、予定走行時間(3時間半)
( → 層雲峡 9:45 → 大雪湖 9:55 → 石北峠 10:06 → やよい陶芸 10:45 →西留辺蘂駅 11:17 → 北見駅 11:45 ・あっぱれ亭12:20→ )

美幌駅 13:10※(11:30) 出発 → 16:00(15:30頃) KKR川湯到着

予定走行距離(68.7km)、予定走行時間(1時間半)
( →美幌峠 14:00 →和琴半島 14:40 →砂湯 15:08 → 硫黄山15:48 → )

2日目:10/19

KKR川湯  出発8:40 → 18:25 自宅 到着

予定走行距離(304.8km)、予定走行時間(6時間)
( →摩周湖第三展望台 9:20 → 摩周湖第一展望台 9:52 → 10:55阿寒湖 11:48 →弟子屈13:10 → 美幌峠 14:10 → 美幌 14:48 → 北見 15:17 → 石北峠 16:30 → 大雪湖 16:46 → 16:58 層雲峡 17:03 →)

宿泊

KKRかわゆ
川上郡弟子屈町川湯温泉1丁目2-15
015-483-2643

画  像

初日
自宅~美幌

層雲峡温泉
層雲峡温泉
層雲峡温泉
層雲峡温泉
層雲峡温泉
石北峠 石北峠

石北峠

石北峠
紅 葉
紅 葉 留辺蕊駅

留辺蕊駅

留辺蕊駅
留辺蕊駅
留辺蕊駅
ラーメン店
メニュー
醤油ラーメン

美幌峠


和琴半島

露天風呂
自然探勝路  

 

砂  湯


紅  葉

硫黄山

夕  食

その他

KKR かわゆ 硫黄山・摩周湖共通駐車券

 

2日目
出発前

客室から
朝 食
KKR かわゆ

摩周湖第三展望台

摩周湖第一展望台

阿寒湖

アカゲラ アカゲラ
ボッケ ボッケ
駐車券

帰路(阿寒湖~自宅)

美幌峠
美幌峠
美幌峠
美幌峠
美幌峠
美幌峠
大雪湖
大雪湖
大雪湖
大雪湖
層雲峡
層雲峡

 

新城小中学校クラス会(昭和31年小学、昭和34年中学卒業)

私たちのクラス会は、平成16年に還暦を記念して、東京で開催しました。

それを境にして、2年ごとに、開催地を旭川、(芦別)、札幌、東京に変えて実施することに致しました。
平成28年度は、旭川と芦別(新城)の合同開催となりました。

歳を重ねるごとに、集まることに困難を来すような状況が迫りつつあります。
そんな懸念から、次回からは、集まることのみを目的に、一泊程度で毎年開催することを申し合わせました。

平成29年(2017年)、平成30年(2018年)と、その申し合わせを受け、実施を続けています。
今回は、平成22年会場と同じ「芦別温泉 スターライトホテル」での実施でした。

北海道胆振東部地震の直後とあって、開催が危ぶまれました。ホテルも前日まで、食材が間に合うか、停電の影響がないか心配でした。
一人、体調が優れず、途中辞退者がありましたが、被害の影響を受けた清田区からの参加も含め、予定どおり開催することができました。

震災で亡くなられた方のご冥福を祈り、被災された方にお見舞い申し上げます。
クラス会に参加できることに感謝しつつの開催でした。

以下は、開催の記録です。
ファイ名をクリックするとPDFファイルが開きます。

平成20年は、開催地の都合で開催できませんでした。

気まぐれ”2人旅”~平成30年 留萌・増毛~

6/28 「大人の休日倶楽部パス(北海道)」の有効期間の残りを利用して、留萌・増毛方面に出かけた。
午前中は、都合悪く午後からの出発となった。

予定どおり、順調に進んだが、増毛に到着したのは、午後5時近く、お店などは殆ど店じまいをしていた。
バスダイヤの関係で、まちなかを見学することなく、そのまま引き返すことになった。

旭川13:00→(ライラック24号:札幌行)→13:18深川 13:24→留萌本線(留萌行)→14:21留萌

【留萌】

黄金岬:留萌駅前→黄金岬

留萌駅前14:35 →(徒歩30分)→15:05黄金岬
黄金岬15:10→15:40留萌駅前

【増毛】

旧増毛駅:留萌駅前→(沿岸バス34分:420円)→旧増毛駅→留萌駅前

留萌駅前15:55→(留萌別苅線:大別苅行)→16:29旧増毛駅
旧増毛駅16:53→(留萌別苅線:留萌市立病院行)→17:25 留萌駅前

留萌18:18→留萌本線(深川行)→19:14深川19:36→(ライラック35号:旭川行)→19:55 旭川

留萌本線(留萌行)
留萌駅 留萌港に掛かる
JR鉄橋(廃線)
日和山と烽火台跡の碑
黄金岬
三船殉難の碑
三船殉難の碑
黄金岬
黄金岬
留萌港
留萌駅
旧増毛駅
旧増毛駅
旧増毛駅ホーム
富田屋
観光案内標識
風待食堂
増毛灯台方向
ルルモッペ大橋
ルルモッペ大橋
丸運トランスポット
留萌港
留萌港
留萌線
留萌本線(深川行)
明日萌駅
あしもい駅
明日萌駅
留萌本線(留萌行)
カムイ44号(札幌行き)
ライラック35号
旭川行

気まぐれ”2人旅”~平成30年 納沙布岬周遊~

6/24~26「大人の休日倶楽部パス(北海道)」を利用して2泊3日の旅をしてきた。
大人の休日倶楽部は昨年入会し、北海道新幹線を利用して四街道を往復した。

入会の動機は、新婚旅行(四国)で辿ったコースを巡って見てはとの思いから。
昨年、今年と四国一周の計画表(1週間~10日間)を作成しているが、諸都合で先送り。その内実現を目指したいと考えているが、それまで健康でいられるか。

5/26 JRツインクルプラザ旭川支店で列車、ホテルの予約を済ませた。
あとは当日の天候だのみ。

大人の休日倶楽部パス(北海道)

JR北海道在来線全線の特急・急行列車の普通車自由席が5日間(今回は、6/24~6/28)乗り降り自由。
予め座席の指定を受けれると普通車指定席が6回まで利用可能。

今回の購入チケット

初日: 6月24日(日) 晴れ(釧路は一時雨)

旭川9:38→富良野線(富良野行)→10:57富良野11:02→根室本線代行バス(新得行)→12:50新得

ノロッコ号
ノロッコ号
ノロッコ号
ノロッコ号
富良野行
幌舞駅
幌舞駅
幌舞駅
幌舞駅
新得駅
新得駅
新得駅
そば焼酎
そば焼酎
駅構内で
そば焼酎
(トムラウシのナキウサギ)
の試飲
1本 1,470円駅前食堂で昼食(そば)

新得13:52→スーパーおおぞら5号(釧路行)→15:56釧路→釧路ロイヤルイン

新得駅
おおぞら5号(釧路行)
おおぞら5号(釧路行)
おおぞら5号(釧路行)

リバーサイド釧路市街地散策

ホテル16:20から和商市場に向かうが、日曜日は16:00に閉店。
雨が降り出し、ホテルで傘を借り再出発。雨脚が強まり、途中で、15~20分ほど雨宿り。

釧路フィッシャーマンズワーフMOO→幣舞橋→ぬさまい公園→港の屋台(夕食)→ホテル

釧路川
弊舞橋
魚河岸発祥の地
釧路川
弊舞橋
釧路の夜
ぬさまい広場
弊舞橋
弊舞橋
時計
弊舞橋
弊舞橋
弊舞橋
弊舞橋
港の屋台メニュー表
志づ川
マスター
刺身盛
弊舞橋
マンズワーフMOO
弊舞橋
北大通
釧路駅前

 

 二日目:6月25日(月) 晴れ

釧路ロイヤルイン

駅から1~2分。和庄市場も1~2分。
利用はしなかったが、空気清浄機、加湿器も整備されていた。テレビモニターも大きく、W杯サッカー予選(セネガル戦)を観戦。
新聞もルームサービス。
朝食は、和洋バイキングが無料。10階のレストランで、焼きたてのパンが提供された。味にも満足でした。

バイキング
焼きたてパン
朝 食

出発前(7:30~)に、昨日閉まっていた和商市場を見て回り、ホテルに戻る。

ホテル8:00→釧路8:18→花咲線(根室行)→10:48根室

花咲線(根室行)
花咲線(根室行)
湿 原
丹頂親子
茶内駅から
茶内駅から
茶内駅
東根室(最東端の駅)
根室駅構内
根室駅
根室駅前

[根室交通]

駅から徒歩7分ほどにある今夜の宿泊ホテル(イーストハーバーホテル)に荷を預け、身軽にしてから駅前の根室交通バスターミナルで、1日フリー乗車券を購入する。

1日フリー乗車券


納沙布岬(納沙布線)

根室駅前ターミナル11:45→納沙布線(納沙布岬行)→12:29納沙布岬

鈴木食堂で昼食を摂り、納沙布岬灯台、北方館・望郷の家、オーロラタワーを巡るもバスダイヤの関係で時間を持て余し、根室市北方領土資料館で時間を潰す。
見学には、1時間もあれば十分。

根室交通バスターミナル
バス乗り場
納沙布岬行き

 

鈴木食堂
サンマ丼

 

北方領土奪還祈願碑
納沙布岬灯台
納沙布岬灯台
納沙布岬
納沙布岬
納沙布岬
国後島方位
国後島方位
国後島方位
国後島方位
水晶島方位
水晶島方位
貝殻島灯台方位
納沙布岬
希望の日
祈りの火

祈りの火解説
エリカちゃんポスト
エリカちゃん解説
北方四島(航空写真)
祈りの火

祈りの火
四島のかけ橋
希望の岬公園
オーロラタワー
根室駅ターミナル行き

 

北方館入館記念スタンプ

根室市北方領土資料館

 

日本本土四極 最東端 出発・訪問・到達 証明書


納沙布岬15:10→[根室交通]納沙布線(駅前ターミナル行)→15:54根室駅前ターミナル

春国岱・風蓮湖

駅前ターミナル(厚床線)16:17→16:28東梅→徒歩10分→春国岱(散策)→徒歩10分→17:50春国岱原生野鳥公園ネイチャーセンター

 

春国岱・風蓮湖
野付風連道立自然公園 道路標識

 

 

野鳥公園総合案内板
しゅんくにたいばし 春国岱橋 風蓮湖

春国岱原生野鳥公園ネイチャーセンター( ~18:30 散策 )

ネイチャーセンターで帰りの時間を確認。中標津空港からの最終バスがあることを知り、この時間に変更。
時間に余裕ができたので、野鳥公園を散策。それでも30分ほどの余裕があった。
この間、3頭の親子鹿が現れ、ゆっくりと草を食んでいた。姿は確認できなかったが、近くの木で鶯も囀り、猫の散歩もあったり、退屈することはなかった。

風蓮湖
厚別稲荷神社
厚別稲荷神社
鹿の親子
E
鹿の親子
鹿の親子
鹿の親子
うぐいす
鶯(声のみ)
猫の散歩

東梅19:02→19:16駅前ターミナル→ホテル

イーストハーバーホテル

駅から徒歩7~8分にある。ごく一般的なホテル。

イーストハーバーホテル
ベランダから ベランダから
夜 食 海老フライ 子羊エスカロップ

 

三日目:6月26日(火) 晴れ

ホテル7:30→海岸→7:55ホテル8:05→根室駅

イーストハーバーホテルの朝
正 面
玄関アプローチ
客室から
ベランダから
ベランダから

 

イーストハーバーホテル近くの海岸

根室8:22→花咲線(釧路行)→10:45釧路
釧路11:24→スーパーおおぞら6号(札幌行)→15:41札幌16:00→ライラック27号(旭川行)→17:25旭川

花咲線(釧路行) 東根室駅 東根室駅
東根室駅
別当賀駅付近
運転席
車窓から
車窓から 車窓から
車窓から
スーパーおおぞら6号 釧路駅ホーム
スーパーおおぞら6号(札幌行き) ライラック27号
(旭川行)

初詣 ~2018年~

上川神社の初詣、旭川に来てから12度目です。
夜の11:20頃に家を出、歩いて30分ほどで上川神社に到着した。
曇り空で、星空は見られなかったが、比較的気温も高く(マイナス4~5℃)、道路の状況も良好でした。

昇運・招福札
2018.01.01

上川神社には15分ほど前に到着したが、既に150~200人ほどの列ができていた。
若い人が多く、子供や老人は少ない。時を刻むカウントダウンもまとまりがなく、少しタイミングがずれていたように思う。
カメラの電池切れ、スペアもあったが、充電忘れ。今回の写真は断念だが、例年まともな写真はないので、気落ちはありませんでした。

初詣の記念に、毎年、昇運・招福のお札を購入して帰る。12回目の今回で、12種類の干支が全て揃ったことになる。
帰り道は横道に逸れたので、参拝客がどれほど並んでいるかは、確認できませんでした。
真夜中の雪の下り道は、足を掬われないかと神経をつかう。

1時頃前には家に帰り着いたが、そのまま就寝。
その日の朝は7時頃に起床。曇り空。陽射しを期待したが、1日中顔を見せることは亡かった。
息子達が里帰りしていたが、航空券の安い今日の午後、世と街道に戻っていった。


神楽橋から街の灯 昇運・招福札
新年のお花
初日 ?
 初日 ?
パンジー

1年回顧~2017~

歳末風景 2017.12.25

今年の漢字一文字は「北」であった。
北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射や核実験、九州北部を襲った集中豪雨、注目された北海道(天候不順によるジャガイモ不足、大谷翔平選手・キタサンブラックの活躍、清宮幸太郎選手の日ハム入団など)が選ばれた理由と言う。「北」に次いで、2位が「政」、3位が「不」であった。

今年の「新語・流行語大賞」は「インスタ映え」と「忖度」であった。大賞候補のトップテンを見ると、何故か数字に絡むものが目立つ。「35億」、「魔の2回生」、「9.98」、「29連勝」だが、将棋関係も「ひふみん」と「29連勝」がある。大賞候補にはなかったが、羽生善治棋士の「永世七冠」達成も特筆すべきである。今年の大賞候補は比較的理解ができる言葉が並んだ(テレビの見過ぎか)。

私にとって、この1年を漢字で示すと「迷」でしょうか。
これは私が何かに迷いを感じている訳ではなく、世の動き全体が「行き先不透明」で右往左往しているように映る1年であったという感想です。

 

除雪後 2017.12.14

吹雪の後 2017.12.26

屋根雪降ろし後
2017.12.30

 

 1 JR北海道問題をどうするのか

JR北海道が単独では維持困難として10路線13区間の公表から1年、高橋知事が道議会で、JRの自助努力を前提に財政支援する考えを初めて示し、ようやく動きが見えてきた。
私は、支援云々よりも、道の幹線鉄道をどうするかを示すのが優先ではないかと考える。

幹線線路については施設を自治体が保有するのではなく、JRが保有する上下分離方式にすべきではないか。また、JRは保線の維持管理に徹し、副業も見直すなど根本的な改革が必要ではないか。
「赤字だから支援」では、赤字から抜け出ることはできないし、国民の支持も得られない。私は、次に要約できる。

  1. 善し悪しは別として「JRが単独では維持が困難であること」は誰もが理解すべき(その上で方策を講ずべき)
  2. 道は、現状を踏まえ将来を展望して、鉄道網を含む道内の交通・輸送体系のグランドデザインを示すべき(維持すべき幹線網は道がそれを示す必要)→国、JR北海道、自治体の理解を得る(論拠を示し協力を求める)
  3. 沿線自治体は、道のグランドデザインを基に地域の実情に即し、幹線網と接続するローカルネットワークの整備計画を立案すべき(JR北海道は情報開示が必要)
  4. 道のグランドデザインと沿線のローカルネットワークの整合を図り、実現可能性を検証し計画を策定する

幹線網の存続を含め沿線自治体に課題を丸投げしているため、協議が一向に進まない。幹線網は、道があらゆる角度から判断してそれを位置づけるべき問題である。
配慮しなければならないのは、

  1. 鉄路は人の輸送のみではなく物流やその他の付加価値も考慮すべきこと
  2. 車の自動運転やドローンによる無人輸送などの普及が及ぼす影響、5年、10年、20年後のライフスタイルを考慮すべきこと
  3. 新幹線の札幌延伸との関係、第2青函トンネル建設の是非なども検討すべきこと
  4. 整備計画の協議はオープンに行うべきこと
  5. 計画が道民のみではなく、国民からも理解・支持が得られること

であり、鉄道は上下分離方式とし、JR北海道はこれまでの技術力を活かし、路線の維持管理に特化すべきと考える。
現在考えられている路線の維持管理を沿線自治体とする上下分離方式には、疑問を感じている。

JR北海道問題については、8月に「鉄路の行方 ~線路はどこまでも続く?~」を発表した。

 

さくらんぼ 2017.05.07

さくらんぼ 2017.05.10

さくらんぼ 2017.05.10

 2 脱原発に舵を切れないのだろうか

福島第一原子力発電所事故から7年を経過しようとしている。素朴な疑問として「何故再稼働にこだわるのか?」が、未だに解決しない。
「北海道は原発の再稼働は進めるが、放射性廃棄物の最終処分場建設は認めない」というのは理屈が通るのか。建設を認めないのは何故? 安全でないから?現状においても「原子力発電のコストは最も安い」と言えるの?

原子力発電所の原子炉が運転できる期間は40年と規定されており、原子力規制委員会の認可を受ければ、その期間を1回に限り20年を超えない期間で延長できるという。現状を考えると、新たな原子力発電所の建設は不可能と思われる。60年後のエネルギーを何に頼るのか?
そのことを考えると、早めに方針転換を図るべきではないか。その理由は、

  1. 7年近く、原発ゼロでやってくることがきた
  2. 人口減少、省エネ等で電力需要は頭打ち
  3. 原発の開発コストを再生可能エネルギー開発に転用
  4. 方針転換により投資意欲が増大し、技術開発の促進が期待される
  5. 関連する地域、産業の分散効果が期待できる

現状は、老朽化した火力発電をフル稼動している状況のようであるが、原発ではなく再生可能エネルギーに転換を図るべきではないだろうか。

さくらんぼ 2017.05.26

さくらんぼ 2017.06.23

 3 事実と報道~考えさせられた日馬富士問題~

普段から啀み合うとか対立している関係であれば理解できなくもないが、仲間内の楽しいはずの飲み会の席で、数10発も殴り続け、カラオケのリモコンでも殴り怪我を負わせるなど想像もつかない。
時間がどの程度か分からないが、その間、誰も止めに入らないのも不思議だ。上下関係が厳しいのか?

「真実」は一つであるが、立場の違いで真逆の報道が続けられた。事実を確認することなく、一方向の情報に憶測情報も加わり、いろんな報道が為された。私は、この問題の報道の在り方で考えさせられることが多かった。
九州場所千秋楽の優勝力士インタビューで白鵬関が「真実を話し、膿を出し切る」と発言(翌日この発言を謝罪)。ただ、この「膿(うみ)」は何を意味するのかは気になるところである。

被害者の貴ノ岩関の親方である貴乃花が相撲協会に対し、「鳥取県警の捜査が終了した段階で聴取に応じる」→「鳥取地検の処分が確定するまで協力しない」と頑なに調査を拒み続けていた。
貴乃花自身も相撲協会に協力する責務はあり、処分が確定すれば協力すると言うことであれば、それを待っても良かったのではないか。

始めから「協力できない理由」の説明があれば、これほどまでに発展しなかったかとも思われるが、その辺の経緯を含め、聴取に応じた段階で説明があったようではある。
それを含めて、現場に居合わせた関係者全ての聞き取りを受け、相撲協会としての、裁断が臨時理事会で12月28日に示された。

私が予想するよりもはるかに厳しい内容であったが、満場一致と言うことは本人も同意か。最終判断は1月4日に招集される臨時評議委員会の審議に委ねられた。
相撲協会の裁断で「真実」が証されたかどうかは依然不明である。殴打事件の結末が事業本部長としての忠実義務違反で「理事解任」という決議で落着かどうか私には分からない。

加害者の日馬富士は処分の確定に遵は勿論であるが、社会的制裁に加え、考えようによっては被害者(貴ノ岩関)以上に心の傷を負い続けなければならない。
本人は「謝罪」の意を示しており、願わくは、日馬富士の活躍の場を最大限に確保されることが必要と考える。

問題は、被害者の貴ノ岩関がこの裁定に納得されるかどうかであろう。そこの処は報道でも良くわからない。
また、貴乃花親方の処分は処分として、頑なに押し通した意図は何であったか、相撲協会(理事会、評議委員会)として十分解明が為された野かが問われそうに思う。

改めて、「相撲道」、「横綱の品格」、「横綱の品格」、「相撲協会」、「モンゴル会」について見詰め直す機会になればと思う。
この一連の騒動の原因に、マスコミの報道もスクープ合戦のような取材の在り方があったことを認識すべきと考える。

2017.06.05

つつじ 2017.06.05

つつじ 2017.06.05

 4 森友・加計問題

森友学園問題とは何であったのか。学園の(前)理事長と「塚本幼稚園」の(元)副園長が詐欺容疑で逮捕されているが、それで真相が究明されるのであろうか。
また、2017年11月22日、値引きの根拠となった地中のごみの量について、「十分な根拠が確認できない」とする会計検査院の調査結果が示された。

そもそも、森友問題がクローズアップされなければ、学園の不正の事実が見過ごされていたのではないか。本丸の国有地売却問題は、会計検査の指摘を受けた今、どのような結末を迎えるのか。
「忖度」が流行語大賞に選ばれたが、仕事に「忖度」は当然であり、それが無ければ何事も伺いを立てなければ先に進まない。ただ、公務員は「公僕」という大前提がある。「公」に背く「忖度」はあってはならない。

仕事はポストについて回る。仕事のできる人は「忖度」して的確に処理を行う。それによって人事評価され、新たなポストが与えられる。「仕事」と「要領」をはき違えた「忖度」が行き過ぎると衆目の目が行き届かなくなる。
話は逸れたが、「塚本幼稚園」の教育方針に賛同するものではない(寧ろ違和感を持つ)が、園児や保護者にどのような影響があるのか。完成間近の小学校の施設はどうなるのか見守りたい。

加計学園問題は、11月14日(火)文部科学大臣は会見で、認可に至る手続きについて「適切に進められた。瑕疵はなかった」と述べ、加計獣医学部の新設を認可した。
野党の追及にも、核心の回答が為されないまま、国民の多くが問題が解明されたとは感じていない。「ない」ものを「ある」と証明することはできないが「ある」ものを「ある」と他人が証明することも難しい。「あるであろう」ことが推量できる程度である。

文部科学省は、(前)事務次官や内部の告発により存在が証明されたが、それ以外は推量の域を出ない。また、一方はネガティブキャンペーン?で、相手方の品位(信頼性)を貶めるようなこともあったようにも見えた。
是非はともかく、省庁の管理体制(組織忠誠心)の結束力を垣間見せた。

学生の募集も始まり、開学が後戻りすることはないだろう。開学後の運営を見守るしかないのだが、手続きについては、正当な理由付けで、国民への説明責任は果たすべきであろう。

ツツジ 2017.06.05

アメリカシャクナゲ 2017.06.05

 5 北朝鮮の核開発問題

この問題もどのように決着するのか?総理(日本政府)は、話し合いのための話し合いは無意味と、強気(制裁圧力)一辺倒。制裁に絶えきれずに、北朝鮮が話し合いに応じて来ると主張する。
国連の制裁決議に加え、アメリカ(トランプ政権)も韓国などとの軍事演習やイージス艦の示威活動を繰り返し、北朝鮮が折れて出るのに期待を掛けているのだろうか。

果たしてどうであろうか? 北朝鮮(金正恩)の核保有に対する姿勢は一貫しており、我が身を守には粛正も辞さない、核武装しかないと考えると、核放棄という選択肢はあるのだろうか。
あるとすれば、北朝鮮人民が働く意欲を失うほどに疲弊した場合ではないか。その前に、暴発しないかを危惧する。

この問題は、「アメリカファースト」、「我が国の安全を守る」と言った考え方では解決しないと考える。
「どうすれば、北朝鮮の一般市民が安心してごく普通の生活が送れるようになるか」を提案し、それを実行できるようになることが必要である。世界の平和(難民解決)にも共通する。

いちご 2017.05.26

いちご 2017.06.23

 6 エルサレム問題

トランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認定したことの真意は何なのか? 当然、パレスチナ側の強い反発は予想されたことで、事実混乱が生じている。
この20年間は「恒久的な和平合意に近づいていない」と言うのが言い分のようだが、イスラエルの首都と認定したことで恒久的な和平合意が実現できるのだろうか?

全く、先が見えない。
これから先もトランプ大統領の言動から目を離せない。一辺倒である安倍総理の立ち位置もどうであろうか?

ミヤコワスレ 2017.06.23

ミヤコワスレ 2017.06.23

バラ 2017.06.23


私にとってこの1年は

この1年気力の衰えを強く感ずる。これまで積極的に参加してきた講演会なども関心が薄らいできた。同好会などの参加も見合わせることが多くなってきた。体力的なこともあるが、張り合いがないと言うことに尽きる。
今年の四街道行きは2回。大人の休日倶楽部に入り、6月に北海道新幹線も利用してみた。

春の訪れは早く、5月5日に旭川の桜満開が宣言された(東京の桜開花宣言は3月21日)。
4月5日に四街道の家の近く(調整池)に桜を見に行ったが、満開には2、3日程早かった。旭川に戻ってからも2ヵ所(神楽岡公園三原邸)の桜を見に行った。

今年も冬の訪れは早く、初雪は10月17日(昨年は10月20日)、根雪の記録は11月15日(昨年は10月29日)であった。
12月26日に猛吹雪に見舞われ、一気に積雪も増した。昨年に続き、30日に屋根雪降ろし(昨年は31日)を行った(12月31日午後3時時点の旭川の積雪量は49㎝)。

風邪?のため大事を取って年末に2日ほど静養した(病院には行かず)が、体調は問題なし。ただ、老化(老眼)が進み、新聞やパソコンの文字が読みにくくなり、外の光がまぶしく感ずるので眼科で検査、白内障の傾向ありと。
2ヶ月後に再検査の予定であったが、新年に持ち越した。

例年、草花の種を取り寄せ蒔き付けるが、まともに育てたことはない。今年もその繰り返しで終えた。
今年のできごととしては、「自分史」の作成や息子の結婚など。10項目を挙げると、次のようになる。

屋根雪降ろし前
2017.12.30

屋根雪降ろし後
2017.12.30

片付け後
2017.12.30

2017

1年回顧

  1. 自分史の完成
  2. 息子の結婚
  3. 地域活動
  4. ブログの更新
  5. 小中学のクラス会
  6. 懐古の便り
  7. 町内会
  8. 統計調査への協力
  9. 家の回り
  10. 大人の休日倶楽部

カーネーション 2017.06.23

ナデシコ 2017.06.23


2017-01

自分史の完成

ほぼ1年を要し、一つの大きな作業を終了した。44版で、本文200ページ余り、年表100ページ余りに及んだ。
このことで、55年間綴った日記帳の外、スケジュール手帳やメモ帳の整理がつき、今は殆ど顧みることもないアルバムも片がついた。

今後、いつまで続くか分からないが、年単位で追加をすることになる。
時間を掛けてまとめ上げているが、公開する考えはない。

 

表紙
 目次
 

目次

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2017-02

息子の結婚

里帰り 2017.12.27

昨年中に婚約。4月に本社に異動となり四街道に戻っての入籍は5月。結婚式、披露宴はないが、ようやく落ち着き、親として一安堵。
四街道の家を引き渡すために、後片付けや不要物の整理などに出向くも、四街道行きの回数は、2度に留まった。

例年は春と秋の2度行っていた家の周りの草むしりも春の1度切り、多少は解放された。
いよいよ老夫婦は、旭川での2人住まい。老老介護が何時始まっても、不思議ではなくなってきた。
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2017-03

地域活動

市民ウォーク 2017.10.07

この1年、最も変があったのは、地域活動への参加の意欲が薄れたことかも知れない。
旭川フットパス愛好会は、会の活動そのものが低迷している。あさひかわサケの会のイベントには2度ほど顔を出すのみ。

例年、サケとの遭遇を期待しているが、今年はツインハープ橋下へは1度しか行っていない。
その時は空振りに負え、1年間、一匹もお目にかかれなかった。牛朱別川と石狩川の合流点付近に遡上しているという記事は目にしたが、その場所には行っていない。

唯一継続して参加しているのは、「ざっくばらんの集い」であるが、自分の思いとのズレは否めないままに参加している。
シンポジュウムや講演会は6月に集中的に参加したが、それ以降は開催回数も減少しているが、前向きにはならない。特に、冬期間の夜の開催には二の足を踏む様になった。

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2017-04

ブログの更新

ブログの更新は地域活動との関わりが強く、満足には行えていない。
芦別市芸術文化交流館、サンプル農場の栽培作物は辛うじて続けている状況。

銀座通り商店街、ざっくばらんの会も継続してはいるが、新鮮味は薄れた。
知新小学校の学校便りも続けているが、今は、小学校のホームページにも掲載されている。

私は、学校(教頭先生)から送られてくるファイルをそのままアップしている。使用しているホームページビルダーの容量上限が2メガなので、時には分割したり、jpegファイルに変換することもある。
8月に、「知新っ子支援ボランティア」に登録頂いた。登録者数は100名ほどととのこと。

新鮮味には欠けるが、恒例の「旭川冬祭り・世界彫刻フェスティバル」と「音楽大行進」は毎回欠かさず掲載するように努めている。
今年は、妹背牛(息子の嫁の実家)の田植え作業、生育状況、収穫作業の様子をアップした。馬鈴薯は、3.5日間、通いで収穫作業をお手伝いした。

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氷彫刻
2017.02.10

音楽大行進 2017.06.03

 

田植え 2017.05.21

2017-05

小中学のクラス会

小中クラス会
2017.10.10

これまで、小中校のクラス会は、隔年で実施し、東京、札幌、旭川(芦別)を巡回してきた。
昨年の申し合わせで、札幌を主体に簡素化して毎年実施することになり、三笠市(1泊2日)で実施した。

卒業は46+1名(男子30+女子16+1)で、他界者が9名いる。今回の参加者は18名(うち2名は日帰り)。
初日に、一部パークゴルフに興じたが、2日目はそのままの解散。次第に移動を伴う全体行動は難しくなりつつある。

現地集合、現地解散で車で往復。行きは旭川から2人を乗せ、新城のお墓、母校、三段滝(芦別)~桂沢湖の紅葉を楽しみながら目的地の「太古の湯」宿へ。
連れの2人は日帰りのため、帰りは、1人で12号線をひた走り、お昼までには家に戻った。次回(来年)は、芦別での開催を予定している。

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2017-06

懐古の便り

サラリーマン生活に区切りを付け、旭川に移り住んで10年余りになる。
3月に元会社のY氏が定年退職を迎えるので、記念の会を設けたいと連絡があった。状況の日程を伝え、日程を合わせて頂き参加をした。

Y氏の退職を祝う会であったが、懐かしい面々(20名ほど)が集い、楽しいひとときを過ごしてきた。
年の暮れになって、国民資産課(経済企画庁→現内閣府」)で仕事を共にした松浦氏から書籍「星夜湯治の星案内と四季の星座」の寄贈を受けた。

今から40年ほど前に遡るが、、私は農水省から出向し再生不可能資産の評価、彼は日銀から出向し金融資産の評価を行い、新SNAの作成に2年ほど席を同じくした。
大変な時期ではあったが、今は懐かしい。

私の農水省退職時に馬場課長(2013年他界)を交え、数名で会食をしたが、松浦氏は既に、身辺整理(書籍の寄贈など)をして福島に帰郷され、星座の観察や温泉に浸かっている話されていた。
それから約10年、成果を取りまとめ自費出版された。読み切れては居ないが、専門書にない取り付き易さ、緻密さに彼の人となりを垣間見る思いで、本当に懐かしく、有り難く感じた。

チューリップ
スズラン
2017.05.26

寄贈本表紙 2017.12.26

 

スズラン 2017.05.20

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2017-07

町内会

我が町内会は、年々先細り。行事は、新年会と野遊会のみ。その外は、護国神社の大祭と上川神社の例大祭に幟を出す程度。
町内には80世帯ほどあるが、町内会には一般会員20世帯ほど、賛助会員(ごみステーション管理費の拠出に協力)20世帯ほどで、他は未加入。

役員は、会長、副会長、幹事長など8名ほどで、任期は2年。新年1月が改選期であるがなり手がいない。始めてのことだが、留任やむなし。私は幹事長、雑用係。
新年会は、総会と同時開催。野遊会は、焼く肉パーティが定着か?。高齢化は、遠出や観光旅行などは困難になった。

ボケ 2017.05.26

ナナカマド 2017.05.26

ツツジ 2017.05.26

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2017-08

統計調査への協力

私の調査員としての協力は、「工業統計」のみ、国勢調査年、経済センサス年を除き毎年実施されており、久々の調査。
調査期間が、これまでの12月~1月から5月~6月に変更になったのは、非常に有り難かった。

カエデ 2017.05.05

インターネットによるオンライン回答が可能になったのも良く、どの事業所もオンライン回答を選択されたが、ソフトが対応できないと回収に歩く結果となった。
廃業や従業員が減少し調査対象から除外されたりして、事業所数は半減している。

統計協議会の行事として、総会、統計調査員研修、地区ブロック総会・懇親会がある。
大成地区ブロックは、調査員定数が24名で、うち9名が欠員で候補者がなかなか見つからないという。

調査環境(居住の形態、事業所数の変化やオンライン回答など)を考慮して担当区の見直しが必要との意見も出されている。

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2017-09

家の回り

新年は、初詣でスタートするが、戻ってから就寝するので、朝起きてからは降り積もった雪の状態による。
今年は、1日から雪掻きに出動、昨年末は10回ほどで大変であったが、年が明けてからの積雪は比較的少なく、2月中で雪掻きの出動は終えていた。

自宅脇 2017.01.01

自宅脇 2017.12.14

自宅脇 2017.12.26

旭川に住む人は、「北海道は冬の雪があるから嫌」という人が多い。場所によっては、雪の外に枯れ葉の片付けも相当大変である。
自宅は、角地にあり、2面(北・東)が道路、1面(西)が4階建ての空きビル、もう1面(南)が賃貸マンションに囲まれている。

東側道路は分離帯のある片側2車線、北側道路は一方通行の2車線で歩道との間に街路樹(プラタナス、ナナカマド、松など)が植わっている。
夏場は日陰を作り、秋は紅葉と安らぎを与えてくれるが、晩秋とか雪解け時の枯れ葉の処理が結構厄介である。

市から環境ボランティア湯のために45㍑の袋が無償(無料回収)配布されるが、例年20~30袋を利用する。
雪掻きは、昨シーズンは、11月15日(初出動)~2月26日(最終)まで20回程の出動があった。今シーズンは11月28日が初出動で年末までに回、1回に2~3時間を要している。

入居者募集中 2017.12.30

南のマンションは他人所有であるが、その隣に4世帯向けの賃貸マンション(2LDK、バリアフリー、オール電化)を保有している。
駐車場をロードヒーティング(灯油)にし、センサーで管理しているが感度が良くないので現在は、手動で行っている。

ロードヒーティングの床はコンクリートではなく、レンガ敷きなので、境目からから草が伸び出し、その草むしりもある。
マンションは、満室であれば良いが、一度空きが出ると新たに入居が決まるまでに、相当時間を要する。所有マンションも1室が半年以上空室のまま(3月入居予定)である。

パンジー・ビオラ
2017.10.04

パンジー・ビオラ
2017.11.24

パンジー・ビオラ
2017.12.18

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2017-10

大人の休日倶楽部

大人の休日倶楽部(「JR東日本ジパング倶楽部」)に夫婦で入会した。目的は、安い切符を利用して、新婚旅行で訪れた場所を再訪するのが狙いでした。
スケジュール表を作成下までは良いのですが、今回は見合わせ。その時期か来るかどうか、それまで、2人の体力が続くかも不明です。

ジパング倶楽部には、いろいろな特典はあるが、年会費が6,290円なので利用しなければ無駄になる。

新函館北斗駅
2017.07.01

今年は、大人の休日倶楽部パス「東日本・北海道」(5日間、JR東日本全線・JR北海道全線など乗り降り自由)を利用して、四街道を利用した。

あらかじめ座席の指定を受ければ、6回まで普通車指定席がご利用できるが、旭川・札幌間、札幌・函館間、函館・東京間の指定が必要で、往復すると6枚になる。
これで、北海道新幹線も経験したが、トンネルばかりでそれほど見るものはない。さすがに、往復は疲れた。

山 吹 2017.05.20

新函館北斗駅
2017.07.01

新函館北斗駅 2017.07.01

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延壽山妙法寺の法燈継承式

6月4日(日)法燈継承式が妙法寺本堂、法燈継承祝賀会が旭川グランドホテルで開催されました。
無信心な身には聞き慣れない言葉でしたが、要は、住職が交替する儀式と新住職の就任式のようなものであった。

妙法寺は日蓮宗。源流は明治30年に開設された「日蓮宗説教所」と言う。
私の実家は浄土真宗だが、義母が他界(昨年3月)したあと、お墓をお守りするため檀家入りした。

義父が3代続けて総代を務めていたこともあり、お世話にもなっていた。
継承式の案内が届いたので、どのようなものか興味もあり、参加した。

不明用語が多く、式次第、祝賀次第を掲載してみた。
掲載の許しは頂いていないが、次第の様子も掲載した。

なお、予定されていた入山の行列は雨天のため、中止されたようである。


法燈継承式
式次第

    第一鐘 十二時二十分 警  装
    第二鐘 十二時五十分 漉水散華
初、初  楽         師衆昇堂
次、開式の辞
次、道 場 偈
次、三 宝 礼
次、勧  請
次、開 経 偈
次、読  経         如来壽量品
次、中  楽
次、辞令伝達
次、法燈継承
次、奉 告 文          新 住 職
次、中  楽
次、読  経         如来神力品
次、祖  訓      生死一大事血脈鈔
次、唱  題
次、宝 塔 偈
次、回  向
次、四弘誓願
次、奉  送
次、祝  辞
次、祝電披露
次、記念品授与
次、謝  辞
次、閉式の辞
結、還  楽          師衆退堂
以上
歴代廟参拝
記 念 撮 影

 


法燈継承祝賀会次第

清     興   謡曲  宝生流「高砂」
開     会
祝     辞
清     興   御祝儀舞「七福神」
            花柳流徳彌生会 会主
鏡  開  き
乾     杯
清     興  「編曲八千代獅子」
            都山流尺八楽・生田流箏曲宮城社尚美会
謝     辞
万 歳 三 唱
閉     会

 


 

三原邸の桜 ~2017~

5月10日(水)空港に行く機会があり、30分ほど早めに家を出て、足を運んでみた。
市内の桜は満開を過ぎているだろうが、ここの桜は市内より4、5日は遅れと聞いていた。

ちょうど見頃を迎えていたが、それほど知られていないのか、見物客は2、3組(10数名?)ほどである。
今年は、四街道(千葉県)と先日の神楽岡公園に続く、三度目の桜である。

桜の名所と言われるところは、人混みも激しく、落ち着いて見ることができない。
駐車スペースが十分とは言えないが、混雑がないため、庭園のそばまで車が寄せられるのもよい。

何度かお伺いしているが、満開のチャンスに恵まれたのは二度目である。
数年前に植栽されていた桜も相当大きくなり、数年後は更に楽しめそうに思えた。


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神楽岡公園の桜~2017~

5月5日(金)に旭川の桜が満開を迎えたとされる。
5月7日(日)小粒の雨がぱらつく中、見頃ではないかと足を運んでみた。

気温は12~3度ほどであろうか、肌寒さを感じさせる。
訪れる人もそれほど多くはない。花を愛でるよりは、花より団子といった感じ。

ソメイヨシノに見慣れた私には、エゾ山桜にはいつも物足りなさを覚える。
キタキツネに出会ったが、心なしか、弱々しかった。

水芭蕉も盛りは過ぎたか。
感動することもなく、短時間で引き上げてきた。