旭川銀座商店街振興組合

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旭川銀座商店街振興組合に関する記事です。

 

記事内容

 次の記事を掲載しています。


 

銀座商店街のあゆみ

 銀座商店街の歴史は、古く明治末期にまでさかのぼります。
 明治末期には、既に街が形成されており、東旭川や東川の屯田兵が馬そりで買いだめに来ていたと云われます。

 42年には、現銀ビルの地に「大黒座」(後に「錦座」、「松竹座」、「銀映座」と順次改称)が建ち、大正7年には、旭川で最も古い市場として「第一市場」が開設され、市民の台所として親しまれてきました。

 銀座通りの呼称は、昭和8年「松竹座」から改称した「銀映座」の名に由来しています。
 古くから露天商が軒を並べており、昭和39年8月になって旭川銀座商店街振興組合が設立されています。

 また、同53年7月には、銀座しあわせ広場がオープンし、同年9月に第1回「銀座弁天まつり」が実施されています。

 しかし、経済社会発展の中で、市民居住地域のドーナツ化現象、交通体系など都市構造の変化に伴い、業態間や商業集積間の競争が激化するとともに、消費者ニーズの多様化・高度化、経済社会の情報化・国際化等諸環境変化に対応すべく近代化を迫られてきました。

 平成4年振興組合は、「地域中小商業活性化事業 調査・計画策定事業」の認定を受け、翌5年3月その報告書を取りまとめています。
 また、平成12年度~平成13年度に銀座通施設整備事業を実施し、平成14年度には、まんだら横丁施設整備事業、まんだら横丁運営事業を実施するなど商店街の再生に努めてきました。

銀座商店街の歩み
元号 年月日 で    き    ご    と
明   治   期
末期 街が形成されていた (東旭川、東川の屯田兵が馬ソリで買いだめに来ていた)
42年 芝居小屋である大黒座(現銀ビルの場所)が建つ大正9年に錦座と改名
(以降も、「松竹座」、「銀映座」と改名)
大   正   期
7年11月 「第一市場」創設
(旭川で一番古い市場)

第一市場

第一市場

10年 岡島金物店開業
11年 高尾呉服店開業
小林氏「三番舘」 (木造3階建)を建てる
川瀬清太郎氏買収、善一氏経営 (昭和7年)
末期まで 「新師団通り」と呼称
末期より 「錦座通り」と呼称(→芝居小屋「錦座」)
昭   和   期
初期 「子供みこし」を京都で300円で作る (当時、2階建家屋新築100円)
8年 「銀座通り」と呼称(←「銀映座」)
31年まで 古くから露店商が軒を並べていた
39年3月 銀座振興会の役員7人(西田富之助、小沢康次郎、三井瀞、 田中恒三郎、高階敏郎、 宮ロ安治、松浦慶三)発起人となり、振興組合設立の準備会数回、結成に踏み切る
39.8.6 旭川銀座商店街振興組合設立総会を4-15銀座デパートホールにて開催
出資金1,000円 組合員53名、理事7名、監事2名 西田富之助氏理事長に就任
39.10.20 北海道知事認可

銀ビル

銀ビル

19.12. 2 旭川法務局登記
40. 4. 1 役員任期満了につき改選、 高橋喜八氏理事長に就任
41年11月 くにいオープン
42年9月 銀座センタービル(銀ビル)オープン
43年11月 三番舘新装オープン
43. 3. 9 銀座振興会を解散、振興組合一本化に決議決定
45年7月 上川神社祭3条通露店誘致(市長、警察署に陳情)
45年8月 第1回「銀座柳まつり」実施
46. 5.18 役員改選、理事長高橋喜八氏留任 理事13名、監事2名、組合員98名
47年2月 4条駅存続期成会結成、陳情運動始める
49年4月 歩行者道路指定
53年2月 旭川一銀座商店街づくり協定書締結
歩行者専用道路造成
愛称”心のふるさと” 「銀座しあわせ通り商店街」と決定

モニュメント

モニュメント

53年4月 大成小学校跡地開発市民運動として5万名署名、市議会、関係官庁に陳情する
53. 4.13 銀座商店街振興組合「青年部」結成 大蔵業立氏(現三番舘社長)就任
53. 7.16 銀座しあわせ広場オープン(オープンセレモニー実施、第1回オープン祭)
→歩行者天国(約400m)
53年9月 第1回「銀座弁天まつり」実施
54. 5.29 役員改選、理事長松浦慶三氏就任。 理事17名、監事2名、区域変更組合員121名
54年10月 商店街専用駐車場設置(239.6坪)
55年7月 イトーヨーカドーオープン
56. 5.18 役員改選、安井一雄氏理事長に就任
57年7月 三番舘前に特設ステージ設置
59.10. 8 振興組合設立20周年
記念式典実施

しあわせ広場

しあわせ広場

60年11月 「にぎわいのある街づくり委員会]を設置し、「街づくり構想」策定をめざす
61年 9月 同上構想案できる
62年 銀座しあわせ広場
オープン10周年を迎える
63年 8月 中小企業庁補助事業「旭川輸入品バザール」開催
平   成   期
3年 2月 銀座商店街「企画委員会」を設置 駐車場問題の解決に取り組む
3年 4月 役員改選、理事長岡島正男氏就任 理事21名、監事2名、組合員141名

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銀座商店街振興組合における街づくりの理念

 61年9月4日に制定され、現在に受け継がれています。
 その内容は、以下のとおりです。

  1. 市民との触れ合いを大切にし、新鮮な情報を提供する街になりますお客さま(市民)とのコミュミケーションを大切にして、お客さまの声を街に反映させていくと同時に、銀座からも新鮮な市民の台所情報などを提供していくといった触れ合いのある街にします。
  2. 夢とやすらぎのある街にします“ホッ”とする普段着のやすらぎと明日への夢が感じられる街にします。
  3. 安全で快適な街にします秩序ある街の空間をつくり、お客さまに安全で快適な買物広場を提供していきます。
  4. 楽しさと快感を味わえる街にしますお客さま参加の祭り、イベントの”ハレ”の空間の中で、浮き浮きとしてににぎやかさ、楽しさあふれる街にしていきます。
  5. 手づくりによる活気ある街にします銀座らしく、人の手、ぬくもりのある商品・サービスを提供し、威勢のよい声が行き交う活気ある街にします。
  6. 清潔でゴミのない街にします超近代的な街ではなくても、古いものへの気遺いのある清潔な街にしていきます。
  7. この街づくりはみんなの力ですすめます
    •  この街づくりは、お客さまと一緒に実現していきたいと考えております。小さな知恵や力でも、考えが同じであれば結束することによって成し遂げられると信じているからです。
    •  この街づくりは、組合員も一致協力し、組合組織をあげて実行します。(平成4年に追加)

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街づくりの目標とコンセプト

 平成4年の重点活動目標が、現在も街づくりの目標として活かされいます。
 それは次の事項から成っています。

  1. 地域中小商業の核である三つの市場(第一市場・銀座ストアー・ニュー銀座)を守るとともに生鮮食料品としてのマチのあり方、市場の活性化を研究、実現への道すじをつける。
  2. しあわせ広場は公共空間であるとの認識を高め、モニュメント、遊戯設備、弁天神社、路上販売、トイレ施設、街頭放送等の環境整備事業へ向けて内部のコンセンサスをつくる。
  3. 商店街の販促事業である「歳末大売り出し」の見直しをかけるとともに、全店参加型の販促事業を研究実践し、個店と商店街との連動を図る。
  4. イベントのマンネリ化と限界性を克服する研究を深めるとともに、しあわせ広場を有効に利用した”市”的なイベントを企画する。
  5. 生活者ニーズに対応した 魅力ある店づくり、街づくりを目指し、組合員全員参加型の事業を実施する。
  6. 組合財政基盤の確立を念頭に商店街を”経営”するという観点から、組合の健全経営を目指す。

また、平成4年度には次のような「街づくりのコンセプト(トータルテーマ)」を定めています。

まちづくりコンセプト concept
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旭川銀座商店街振興組合の構成

 平成19年2月15日現在です。

役員及び構成員(平成19年2月15日現在)
  理 事 長  林喜代次
  副理事長  大蔵道友
  副理事長  平野寛樹
  専務理事  高尾次郎
セイコーマートむらかみ 松田米店 早坂商店
旭陽電機 前田印章店 魚住青果店
高尾呉服店 三協陶器店 [第一市場]
手嶋商店 マルミ三井 あさひ餅店
お茶の山下 BOOKBIGBOX 外川商店
森表装店 水晶堂 大類商店
どら猫帽子店 ひのまるや 銀座鮮魚店
有木肉店 今村洋服店 清水鮮魚店
ニュー中里時計店 鈴木薬局 かねはら
夢物語 松野商事 小原商店
深野商店 [三番館] [銀ビル]
ナニワ硝子店 三番館 銀ビル
西田薬局 サンキューショップ 冨士屋
神田青果店 ニューステップ 下村果実店
柿崎商店 ブティック麦わら帽子 100円ショップ銀座店
神田果実店 布工房麦わら帽子 [銀座ストアー]
宮口時計店 チケットキング 魚住鮮魚店
旭川信用金庫銀座支店 [ニュー銀座] 渡辺果実店
小倉内科 菊大 ・ 政岡商店
丸富洋品店 田丸肉店 [銀座デパート]
赤い扉の美容室 愛宕肉店 源靴店
斎藤自動車商会 銀座フラワー 丸宮せともの銀座通店
フラワー菓子舗 坂本商店 松浦畜産
ほりかわパーキング 平野鮮魚店 つばき理容院
留萌信用金庫旭川支店

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平成19年度開催予定のイベント

 19年度の行事予定としては、以下のイベントが計画されています。

行 事 予 定
5月中旬   銀座仲見世通りオープン祭
6月下旬   銀座弁天まつり
7月20日~22日   上川神社祭
8月初旬   大成夏まつり 銀座七夕まつり
8月中旬   大成夏まつり 盆踊り大会
10月初旬   収穫祭
12月中旬   歳末大売出し
2月初句   雪玉入れ選手権大会

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旭川銀座商店街振興組合」への6件のフィードバック

  1. 始めまして。
    市内に住む「竹田」と申します。
    この記事中の「銀座商店街の由来」ですが、銀映座が出来たのは松竹座が焼失した昭和21年以降ですので、昭和8年に名付けられた「銀座商店街」の由来ではないと思われます。
    記事中の
    1. 銀座通りの呼称は、昭和8年「松竹座」から改称した「銀映座」の名に由来しています。
    2. 8年「銀座通り」と呼称(←「銀映座」)
    の2点の再考をご検討ください。

  2. motonr

     ご指摘有り難うございます。
     竹田様がご指摘の通り、「銀座通り」の名称が使われた昭和8年には、「銀映座」は存在しません。
     従いまして、「銀座通り」の名称の由来が「銀映座」というのは誤りです。この場をお借りし、お詫びして訂正致します。

    1. 一般にも「銀座通り」の名称の由来が「銀映座」と理解されているようですが、その誤解を生む切っ掛け(根拠)は何なのか?
    2. また、真の「銀座通り」の由来は何か?(単なる、東京銀座の賑わいを期待しただけなのか?)

    新たな疑問がわいてきました。
    情報があれば、お願い致します。

  3. こんにちは「竹田」です。

    motonrさんの疑問、2.真の「銀座通り」の由来ですが、
    銀座通りの本家、東京銀座のOFFICIALサイトを見ると、、、。
    http://www.ginza.jp/history
    銀座という名前の由来はもちろん徳川幕府が開いた銀座ですが、その後紆余曲折もありまして、関東大震災後の復興において目覚ましい躍進を遂げたのが銀座という場所のようです。
    「デパートは銀座に新しい顧客を引き入れ、復興の気運を高めました。昭和4年(1929)にはついに、不動産賃貸額が日本橋を抜いて全国一位となっています。そして全国に○○銀座が出来始めました。」
    とあります。
    旭川の銀座通り商店街の命名は昭和8年ですから、本家の説明と符合しますね。
    さらに、全国にある銀座という地名や商店街は
    http://www.ginza-st.com
    信じられないほどの数があります。
    これはもう由来というよりは、「現象」だったのではないでしょうか。
    賑わっている場所、あるいは賑わってほしいという願いを込めて
    全国で「○○銀座」と名付けるのが現象となるほど流行したと言えそうです。

    • motonr

      竹田完二 様
      情報提供有り難うございます。
      何名かの商店街の古顔の方に、尋ねてみましたが、周囲にはそのいきさつを承知している人は居られないだろうとのことでした。
      竹田さんが言われるとおり、東京銀座の反映を願ったというのが真相のようです。
      弁天神社(鎌倉の銭洗い弁天)や七夕まつり(仙台の七夕まつり)にあやかる傾向がうかがえます。もっとも、七夕祭りは旭川空港-仙台空港の運航を記念してとのことですが。

  4. 久しぶりに旭川・銀座商店街サイト拝見しましたが、以前より充実しているのでびっくりしました。
    ここ福岡も西新商店街は、隣の県の唐津からいまだにリヤカーで生鮮品等を積んでこられ、路上で販売する慣習が残っており活気は残っています。
    ただ、地元の宮崎の商店街はシャッター街です。地元の高校生などによるチャレンジショップ(ジョブ)等の取り組みで、なんとか街の活気を保っている次第です。
    この前、東京出張で蒲田駅を降りた商店街では10daysショップという取り組みもみてびっくりしました。10日間限定で出店し、好評であれば店を置ける取り組みとか。

    • 地元の高校生などの活動はインパクトがありますね。
      眠っている大人の人に、気づかせる効果もあるようです。

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