つれづれの記

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 お花見や紅葉狩りなど、身辺のできごとや思いなどを綴っています。


お花見・紅葉狩りなど

  


 春は桜や梅、秋は紅葉が楽しみ。旭川を離れた名所を訪れています。
  写真は右から、二十間道路桜並木(2010.05.18)、神仙沼(2009.10.07)


できごと・関心情報

  


 冬の年間行事。どんど焼きと雪掻きです。
  写真は左から、どんど焼き(2013.01.10)、雪掻きを終えた後(2012.02.05)


活動

延壽山妙法寺の法燈継承式

6月4日(日)法燈継承式が妙法寺本堂、法燈継承祝賀会が旭川グランドホテルで開催されました。

2017年6月7日

三原邸の桜 ~2017~

5月10日(水)空港に行く機会があり、30分ほど早めに家を出て、足を運んでみた。

2017年5月10日

Y氏を送る会

去る3月29日「炉端・海鮮しゃぶしゃぶ 能登輪島」で開催されました。

2017年4月12日

1年回顧

その年々の1年を振り返って、主なできごとを記録しました。

2016年12月31日

1年回顧~2016年~ 

歳末風景 12/26

歳末風景 12/26

今年の漢字一文字は「金」でした。
2000年、2012年に次いで、3回目だそうで、いずれもオリンピックの開催年と言うこと。オリンピックの活躍には誰もが感動させられることなのかも知れない。

私にとって、この1年を漢字で示すと「没」でしょうか。
「没……」の「没」。第一は、母が亡くなったこと。それが原因ではないが、これまでの関わりが希薄(交渉)になり、自分の殻に埋。時折、何かに頭することがあっても、1年とは続かない。

今年の「新語・流行語大賞」は「神ってる」だそうだが、大賞候補のトップテンを見ると、半分近くが理解できない言葉が並ぶ。
いよいよ私の頭の中身が化石になりつつある。

スーパームーン 11/14

スーパームーン 11/14

今の政治も判らない。TPP法案、年金法案、IR法案はどうなっている?。まだ、まだ、ある。駆けつけ警護、オスプレイの飛行再開、原発の再稼働、除染・廃炉費用負担、JR鉄路の存廃など、など。
危うさは感じないのであろうか。国会は機能しているのだろうか。参議院は本当に必要なんだろうか。

直近の内閣支持率は、5ポイントほどの変動があるけれども、60%もの支持率がある。
与党の強引さに疑問を抱く国民は相当多いと思うが、意のままに操られる野党のだらしなさに嫌気が刺し、投票行動にむすびつかないのではないか。第一党の責任は重大である。

経済もおかしい。
今の経済政策は「風と桶屋の風政策」。風を吹かそうと円安誘導、ゼロ金利・マイナス金利政策、TPP批准、………。恩恵を受ける(儲かる)のは一握りの優遇者。

おこぼれを期待する桶屋(経済弱者)には、夢のまた夢。原油安で、何とか持ち堪えて来たが、ここに来てまた上昇傾向。
この政策を続けると、GDPは伸び、税収も増加するのは確かかもしれない。でも、桶屋(年金生活者など)はいつまで経っても浮かばれない。格差は増すばかりだ。

以前は、桶屋をないがしろにすると人気(票)を失った。しかし、今は、何をやっても(?)支持率は落ちない(高い支持率を維持している)。総裁任期も延長だ。
これまでの任期は何故定められたのか?それを何故延長しなければならないのか?与党内も人材不足と云うことだろうか?この先が、非常に心配である。

社会はどうか?

四街道の家 10/07

四街道の家 10/07

高齢化社会に生き、若者に支えられ亡ければならないる現状に後ろめたさはある。
今の若者は、お年寄りを支えながら、自らの糧を自ら稼がなければならなくなりそうに思う。

然るに、非正規労働とか職に就けない若者が多いのは、何なのだろう。政策の貧困のなせる結果ではないだろうか。
お叱りを受けるかも知れないが、「経済優先」、「インフレターゲット」を見直し、「生活優先」、「ローコストマインド」に舵を切るべきではないか?

例えば、実現は困難かも知れないが、国民の飲み薬の量が半分になったらどうであろうか?
そのような、画期的な発想の転換が必要と考える昨今である。

今年の大きな出来事は、3月に義母が亡くなったことと、年末に息子が婚約を果たしたことである。
病院から見放され自宅に戻されてからの5年間、お互いよく頑張れたと思う。息子も40歳過ぎにして、ようやくといった感じ、今は珍しくないとは言われるが、親としては安堵の気持ちでいる。

私の今年の漢字で示したとおり、活動は抑えめで、ブログの継続と自分史への挑戦が一段落したことが大きい。
異常気象も印象づけられた1年であった。

さくらんぼの木

さくらんぼの木に雪 2/15

改めて、10項目を挙げると、次のようになる。
2016

1年回顧

  1. 異常気象
  2. ブログの維持・更新
  3. 地域活動
  4. 統計調査への協力
  5. 義母の逝去

さくらんぼの花 5/10

さくらんぼの花 5/10

  1. 法 事
  2. 息子の婚約
  3. 同期会
  4. 庭回り
  5. 自分史の整理

2016-01

異常気象

冬の訪れが平年より1ヶ月も早まった感がする。旭川は特別のようである。
そのため、落ち葉掃除が2、3回で終わり。雪囲いもできなかった。パンジー・ビオラにも影響があったようだ。

年内最後の雪 12/31

年内最後の雪 12/31

31日は、朝方まで、今年を象徴するような雪に見舞われた。
10時頃には上がり、それ以降は、穏やかに陽も差し始め、静かな新年を迎えそうである。

北海道音楽大行進の雨天中止

6月4日(土)に予定されていた第84回北海道音楽大行進が雨天のため中止となった。
国内唯一の歴史と規模を誇る音楽イベントであり、これまで、一度も中止になることはなかったと聞く。

近郊から集まる幼児を始め道内外から集まる学校、団体、一般人まで、4千 人ほどが行進する迫力ある音楽パレードは沿道を埋め尽くすの15~20万人の観客に感動を与えている。
単なる、気象の巡り合わせであるが、練習に励んだ子供達の落胆は大きかったと想像する。

相次ぐ台風の北海道上陸

北海道に上陸する台風は、多くて、年間1、2回程度と考えていたが、今年は、7号(8月17日)、9号(8月21日)、11号(8月23日)、10号(8月29日~31日)と1ヶ月間に集中して、4回も上陸・接近した。
3回以上の上陸は観測史上初めてで、道内各地に大きな被害をもたらした。

旭川市も一部地域で、堤防決壊・橋梁の決壊などの影響が出たが、大きな被害は免れたといえる。
しかし、その激しさは、9号の上陸時には、旭橋下流(石狩川)付近ても避難警報が発せられたことからもうかがい知れる。

初雪の後 10/21

初雪の後 10/21

旭川の今年の根雪は10月29日

根雪(長期積雪の初日)は、積雪状態が「30日以上の継続」を満たすことが条件とされている。
旭川は10月29日が長期積雪の初日となることが確定し、統計開始(1961年)以来、最も早い初日となった。

平年11月22日(昨年11月21日)より1ヶ月近く早い。これまでの最も早い初日は、昭和63(1988)年の11月7日で、これよりも10日近く早まった。
因みに、最も遅い初日は、平成2(1990)年の12月15日という。
季節外れの花

8月25日 さくらんぼの枝を見ると可憐な花が開いていた。どうしたことだろう!!
来春への影響はどうか!花開き、実を付けてくれるよう願うばかりだ。

さくらんぼの花 8/27

さくらんぼの花 8/27

9月15日 今度はいちごが花を付けた。
こちらは、実も付け、日ごとに肥大していたが、10月20日の初雪で埋もれて以降確認はしていない。

いちごの花 9/15

いちごの花 9/15

いちごの花 9/21

いちごの花 9/21

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2016-02

ブログの維持・更新

昭和の頃の校門 5/10

昭和の頃の校門 5/10[/caption]私の生活の一部になっているが、内容的には更新情報が多く、代わり映えはしない。
掲載した情報は、「旭川冬まつり」、「銀座商店街」、「学校だより(知新小学校)」、「芦別市芸術文化交流館」、「サンプルほ場」などである。

銀座商店街は、「魚住鮮魚店」、「渡辺果実店」、「山住魚住青果」はほぼ毎週更新しているが、他は、年に数回、全く更新していないお店もある。
Clover Ginza Base」を含め、新しく追加したお店も7店ほどあるが、希望があれば数を増やしたいと考えている。

講演会やイベントへの参加が少なくなり、出歩くことにも偏りが生じ、新鮮な情報発信ができずにいる。
そんな中、「地図情報」サイトに「市境ビュー」を掲載したことと「大成地区”ざっくばらん”の集い」の新しいサイトを立ち上げた。

市境ビュー

 

市境(江丹別峠) 9/22

市境(江丹別峠) 9/22

旭川市から他の市町村に通ずる地図上に表示されている道路の他市町村との境界の写真を紹介するもので、50ポイントほどがある。昨年末から手掛けた作業であるが、雪道は車の運転に自信が持てず、冬期間はお休み。
雪解けが進んでも、しばらくは動きが取れず、9月に入ってからようやくスタート。16日、22日、24日と走り続け、可能なところは全てを回ることができた。

多くのポイントでは、市境を示す標識が立てられていたが、標識のないポイントも何カ所かはあっったり、進入が禁止されているポイントもあった。

大成地区”ざっくばらん”の集い

寄り合い茶の間"友" 6/04

寄り合い茶の間”友” 6/04

これも昨年の暮れからこの集いが主催する「寄り合い茶の間(銀座、友、ロジェ513」に顔を出し始めていたが、「支えあいマップ」づくりに声が掛かり、1月から、月1回の集いにも参加することになった。
スタッフは15名ほどであるが、今後の活動を考え、参加をしながら活動の担い手としても協力いただける人を募集し、裾野を広げようとしていた。

早速、担い手募集のちらし作成に関わり、ブログでもPRしようと新しくブログを立ち上げ、募集記事「支えあい活動の担い手 募集!!」を掲載した。
「支えあいマップ」は、年度内完成を目指して取り組んでいるが、ブログには、それとは違った視点で、「支えあいマップ」を掲載した。

整備中ではあるが、高齢者や子育て、つながりに関わる社会資源のマップづくりに関する記事やその内容を掲載している。

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2016-03

地域活動

疎かになった感は否めない。
「まちづくり呼びかけ隊」は活動休止。「NPOサポーセンター」、「あさひかわサケの会」は総会に顔を出したのみ。

 

フットパスウォーク 常磐公園 11.16

フットパスウォーク
常磐公園 11.16

特に、3役(会長、副会長、幹事長)のなり手がいない。町内会加入世帯は21世帯。「旭川フットパス愛好会”歩穂”」は、総会、第4回市民フットパスの集いは不参加。2、3度の”ぶらぶらウォーク”(月例ウォーク)に参加したのみで終えた。
町内会は、幹事長が巡ってきた。任期は2年で、もう1年あるが、役員のなり手がいなく大変だ。

町内を3班に分け、班幹事を置き、その外に4人ほどの役員がおり、役員は兼任もあり7名体制である。

役員会は年2、3度。イベントは、「新年会(総会と合わせて行う)」と夏に行う「野遊会」のみである。
幹事長(雑用係)は、会計処理や回覧板の作成、イベントの計画などがある。班幹事は、会費の徴収などを行う。

以前の野遊会は、旅行などを行っていたが、最近は高齢化で歩くことがままならなくなってきた。
近郊の温泉につかり、会食するのが定着しつつある。それでも参加者は10名を切ることもある。

 

チラシ 07/10

チラシ 07/10

参加者も20名ほどになった。今年は、趣向を変え、町内の駐車場を借用し、”焼き肉・バーベキュー”を実施した。
途中から、激しい雨に見舞われもしたが、設営や片付けなどに役員は勿論、役員以外の人も協力するなど、激しい雨に見舞われもしたが、結構盛り上がっていた。

イベントの企画は、私ではなく、副会長が行った。

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2016-04

統計調査への協力

調査員の委嘱を受けて5年目になる。2月に平成27年度の国勢調査について”調査員報告会があった。
市内の調査員10名ほどが集められ、あらかじめ設定された意見項目について、道庁の統計職員、市の統計担当職員に報告する会である。

何故10名に選ばれたかは、分からない。1時間ほどの時間であり、お話し合いではない。
また、11月10日に、道庁で開催された「登録検査員研修」に参加させて頂いた。

研修会場(道庁) 11/10

研修会場(道庁) 11/10

班別意見交換は、参加者を8つの班に分け、班ごとにテーマを絞り話し合い、それを報告(代表して3つの班)する内容であった。道内から、市町村職員(統計担当)を含め100名近く(旭川から3名)が集まり、2つの講演と班別意見交換が行われた。
講演は、「27年度国勢調査結果の概要」と「ICTを活用した統計調査活動」で、特別どうと云うことはなかった。

全体の時間は3時間半であったが、意見交換はその内の1時間足らずであり、同じ会場で行ったので、話が聞き取れなかったりして、少し消化不良であった。

いろんな地域の人と情報交換ができるのは良いが、こうして交通費を掛けて参集する効果があるかどうかは疑問無しとしなかった(そのような意見もあった)。
当日は、旭川から出席するにも、雪で交通事情が懸念された。朝は30センチの積雪の中であったが、帰りは晴天に恵まれ、大きな支障はなかった。

今年の調査実施は、「28年度経済センサス-活動調査」が5月11日(説明会)から6月20日(調査票提出)に掛けて実施された。
これは、経済活動を行っている事業所なので、比較的捉えやすい。1件の調査拒否にあったが、好意的に対応していただけた。

担当地域のインターネットによる回答は、1/4~1/3程度であるが、郵送回答と含めると調査員の負担が軽減されて有り難い。
インターネット回答のあった事業所については、中央もしくは、道で一括調査を掛け、それ以外の事業所を調査員で行うことにすれば、コスト・労力の縮減が図られると思う。

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2016-05

義母の逝去

童謡歌詞ファイル

童謡歌詞ファイル

3月1日93回目の誕生日(3月28日)を目前に、息を引き取った。
病気ではないと病院から見放され?家に引き取ってから約5年、よく永らえた。

掛かり付け病院による定期的な往診、ケアマネや訪問看護に支えられてのことではあるが、何よりも、自力が生きようとする気力を持ち続けていたのが大きかったと思う。
家に籠もりきりで居たことで、永らえたことが「幸せ」であったかどうかは分からないが、「不幸せ」ではなかったことは確かだと思う。

食後の楽しみが、詩吟のビデオや美空ひばり、童謡のCDであったが、亡くなる1、2ヶ月は童謡のみであった。
未明の一時間ほどの様子を見ていたが、「もう駄目だ」と何度か繰り返していたが、着替えてくると云って、部屋に戻ったのが、最期との別れとなった。

葬儀は滞りなく終了、名義の変更、相続登記も無事に終了した。
相続と云っても抵当権付きの土地と建物だけ。相続人も姉弟の2人で、問題はないのだか、義母は遺言を残していた。

旭川法務局の相続登記は、簡単で1、2度伺って手続きを終了したが、裁判所での遺言書の検認には2ヶ月ほどを要した。
要するに、相続人が2人のみであることの確証を得るために、出生からの戸籍謄本を全て揃えなければ成らないと言うこと。

ほんとうに、このような手続きが必要かと言うのを疑問に感じた。お金も時間も掛かる。
ましてや、相続手続きをする人の多くは高齢者が多い。この手続きが理解できるかどうかと言う問題もある。

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2016-06

法 事

今年は義父(平成12年9月27日没 84歳)の17回忌を迎えた。また、その父の父(祖父:昭和41年12月没 86歳)が50回忌で、その祖父の祖母(大正5年5月没祖父の祖母 92歳)が昨年100回忌であった。
それらを合わせて、9月27日に近郊に住む人達に集まっていただき、自宅で追善供養を行った。

コチョウラン 12/23

コチョウラン 12/23

長く受け継がれてきた家系ではあるが、この先は望めない。長男(義弟)には、その考えはない。
高齢化と子弟が親元を離れ、冠婚葬祭も形を変え簡素化が進むなど、親戚付き合いは次第に疎遠になっていく。

法要(法事)は、故人を追善供養し、故人を偲び冥福を祈ることのようであるが、追善に集まる人達の絆を深める意味合いがあるのではと思う。
そんな思いで、自分にできることは最小限努めていきたいと考えている。

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2016-07

息子の婚約

本人よりは、回りがいろいろと心配していただいたか。従兄弟の紹介である。
数年前、話題になったけれども、異動を控えていて進展がなかった。

 

旬鮮神楽 8/26

旬鮮神楽 8/26

宮古と旭川は、往き来するには、時間費用が掛かり過ぎるが、11月に来て婚約を済ませた?ようである。7月に従兄弟の家で改めて話題に上り、本人達に話を持ちかけてみることにした。
双方、特に異存はなく、早速(8月末)、お見合いというか、紹介を含め、従兄弟夫妻と本人達、それに両家の親たち8人で会食を行った。

結婚式や披露宴などは省略のようであるが、どうするかは2人の考えにお任せである。

両家の往き来もあり、暮れには両家の家族のみで顔合わせの会食を行った。
今後、異動の時期とも関わりがあって、四街道に戻ることになるかどうかである。

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2016-08

同期会

同期会の類いは、汗を流す世話人がいなければ続かない。
高校のクラス会は早くに消滅した。職場のOB会はいくつか存続しているが、これまで参加したことがない。

唯一、OBではないが旭川の統計OB会には声を掛けて頂き参加してきたが、今回は声が掛からなかった。
存続が難しくなったか(昨年の参加者は6、7名)。

富山の有志会も旭川に来てから計画が立てられなくなった(高齢化と地域の分散)。
大学の同期会は、10月の第1日曜日、新宿中村屋で2年置きに開催されるとなっていた。今年がその年であるが、開催されたかどうかは分からない(照会もしていない)。

そんな中、今年開催されたのは、昭和43年に参加した「経済関係企画職員研修」(総研研修 9ヶ月)の同期会と小中学校のクラス会である。
これらも、今後いつまで続けられるかが問題である。

総研同期会

 

総研同期会 10/03

総研同期会 10/03

教材や4人部屋の研究室が与えられ、著名な講師陣による講義を聴講し、研究論文も選任の指導員として総研の先生が張り付けられた。10月3日に東京の「銀座ライオン」で開催された。
この研修には、農林中金、農林公庫からの各1名と省内各局から選ばれた(優秀という意味ではない)12名の計14名が参加した研修である。

既に、2人が他界し、1人は転職している。体調が優れず、顔を出すことが叶わなかったのは3名であった。2人は現役でも頑張っておられる。

小中校のクラス会

昭和34年に新城小中学校を卒業した46名の仲間。連絡が取り合えるのは30名ほどになった。
地元芦別市に残るのは3名、旭川近郊に住む者7名、札幌市などそれ以外の道内に住む者15名、道外に住む者9名である。

クラス会は、2年に1度、芦別・旭川、札幌、東京と場所を変えて実施してきた。
今年は、芦別・旭川が幹事を担当し、10月10日~12日(2泊3日)に旭川~富良野を周遊した。

参加したのは、芦別・旭川近郊から7名、札幌市などそれ以外の道内から6名、道外に住む者4名の17名(1人は1泊のみ)であった。
次回は、札幌開催であるが、札幌に場所を固定して、毎年、1泊程度の開催を計画するのが良いのではとなった。

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2016-09

庭回り

庭と云うほどのものはないが、四街道の家もそのまま残している。

四街道の梅 4/19

四街道の梅 4/19

今年の四街道行きは、4月と10月の2回。家の周りの草むしり、枝払いなどで2日ほどは要した。

旭川は、狭い庭の外市道(歩道)の植え込みを勝手に管理?している。
例年、冬場の雪掻きと晩秋の落ち葉拾いが大変である。

今年は、市が管理する南北を走る道路(新成橋通)際のプラタナスの枝を払ったのでその落ち葉はないが、ナナカマドや松などの落ち葉が残った。
東西を走る道路(2条通)の枝払いは残ったままである。不思議とこの2条通りの落ち葉は木によって落ち葉を落とす時期が異なり、我が家の前にある1本のプラタナスが最も遅い。

今年は、10月29日が根雪の初日なので、落ち葉の片付けは2、3度しかできなかった。雪の上に散った落ち葉は、雪と一緒に流雪溝に流し込むことになった。
庭には、マリーゴールド、サルビアなどを種から育ててと思い、種を蒔くがまともに育つことがない。今年も同様であった。

アスター 9/10

アスター 9/10

昨年は、10月にバンジー・ビオラの種を播いたが、春先まで生き延び花を付けたのは1本のみであった。
種を蒔く時期が余りにも遅かった。その反省に立ち、今年は9月10日に種を蒔いた。パンジー・ビオラ種はタキイからネットで取り寄せたもの。

セルに1、2粒ほど播いたが、発芽から双葉当たりは順調に生育したと思う。
9月末に一部をポットに移植。10日間ほど家を空けたが、特別問題はなかった。

今年の冬の訪れは、例年よりは1ヶ月も早まった感じである。10月の中頃から雪が降り始めた。早めた播種の効果が台無しか?
少しずつ家の中に取り込んでいたが、雪の下にしたものもある。それでもパンジー・ビオラは雪の下でも強かった。掘り起こし、全てを取り込んだ(置く場所に苦労)。

家に取り込んでからの管理が上手くないらしい。水遣りが上手くいっていないようである。
既に半分以上が、駄目になり、残っているのも相当根が傷んでいる様子である。昨年のこの時期のものより元気がなさそうに思う。

 

播種 9/10

播種 9/10

移植 10/18

移植 10/18

生育不良? 11/30

生育不良? 11/30

年越し 12/31

年越し 12/31

この先、1、2月の厳寒期を乗り越え、100日ほど、春先に花を楽しませてくれるか心配である。
いずれにせよ、経験を来年には活かしたいとのおもいである。

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2016-10

自分史の整理

昨年、幼少期の記憶を思い起こしながら始めた思出の記。
今年は、日記帳を繙き、学生時代、公務員時代、会社員時代、退職後と綴り、自分史年表も整理できた。

 

monthly-diary

monthly-diary

四街道 4/19

四街道 4/19

日記帳

日記帳

 

ゴールは見えてきたが、まだ、完成ではない。
残された作業は、若干の記事の追加とアルバムから写真を拾ってきて、記事に張り付けることである。

アルバムは整理ができていないので、上手く記事に対応させられるかが問題である。
これを纏めきることで、日記帳とアルバムの処分が心置きなくできるかな?と思っている。

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2016年12月31日

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